ちが責任をとりたくないもんだから、こっちへ廻してしまったのさ。憲兵隊やら動員の方の大将とか、東部軍管区とかの司令官とか、軍部というのは、上から上へ次ぎ次ぎと自分の責任になるらしいんだね。忙がしくって、こんなキチガイの一人や二人のことに、いつまでもかかりあっている暇はないともいってた。そりゃまあ、向うも、一日に四、五十人ぐらい、しょっぴいて来たり、ヤキを入れたりさ、ぼくらのお株を取っちまっているありさまだもん、忙しいのも忙しい。しかし君、こんな、ヤッカイなお荷物を、よりによって、ここへおっつけるのは、セッショウだよ。主任なんか、泣きツラかいているんだ。ヘヘヘ、……だから半分はムシャクシャばらで、こないだから君、ずいぶん、この、なんだ、見てると、かわいそうになるよ。アカやなんかとは違うしなあ。それに、こんなおとなしい男だからねえ。……だけど、いくら同情したって、しょうがねえんだよ。こんだ、気が附いて眼をさますと、ケロンとして「神さまから叱られますから、」……ヘ、ヘ、ヘ、シケちゃったあよ、まったく。ヘヘ、どういうのかねえ、この――(ニヤニヤしながら肋木の方へ)
人見 ――あの、だいじょうぶで[#「だいじょうぶで」は底本では「だいじようぶで」]しょうか?
今井 うん?
人見 あの――?
今井 なあに――まだこれ位じゃ気絶もしてないよ。なあおい。(友吉の頭をこづく。しかし友吉はビクリともしない)
人見 いえ、その、なにしろ年よりですから――
今井 ……(義一の方を見て)なあに君、そっちは、ただ、あんまり竹刀を振りまわしたんで、眼がまわっただけだもん。……(近づいて[#「近づいて」は底本では「近ずいて」]背に手をかけて)おやじさん、起きろよ。(義一、手足をヒクヒクさせて、起きようとするが、起きられない)……よせばいいんだ。いまさら、しかたがねえじゃねえか、ねえ!おい!
人見 (義一が動きだしたので安心して)……それで、なんでしょうか、この……片倉が、いつまでも、このままの状態でいるとしますと……今後、どんな事になるんでしょうか?
今井 そうさねえ……そりゃ、とにかく、困るよ。まあ、しかたがなければ、キチガイ病院に入れるとか、憲兵隊にもどしてしまうという事になるかもしれんがね……病院は費用がかかるし、官立のやつは一杯でダメ……また、戦争からこっち、おそろしくキチガイがふえたそうだねえ。……だからまあ、いよいよとなれば軍に引渡してアッサリ処置してもらうんだが、今いった通り、向うも忙しいのと、責任問題で、相手にしたくないんだから、これ、どうなるもんだか――(話しながら、友吉の縄をほどく。友吉は、縄がほどけるとクタクタと、ボロをたたんだように肋木の足もとに坐る。顔はガックリ前に垂れている)……どうしたい?……だからねえ、どうだい、君からなんとかすすめてだなあ、早くこの――だって、この大将をヤソにしたのは、君なんだろう?そんなら、君からいやあ、なんとかなりそうなもんじゃないか?
人見 はあ。それは、先日から、この、口をすっぱくして、なにしているんでございますが、どうしても……
今井 でないとだな、君だって、これで、今に、妙なことにならんとも限らないよ。戦争が、こんなふうに段々と負けが込んで来るとだなあ……うむ、海軍はあらかた沈んじゃった、飛行機の増産も思うように行かん、第一ガソリンがなくなって来たわ、せいぜいあと半年ぐらいで、いよいよ本土作戦――竹槍で、一億総肉弾か。ヘヘ、……といった有様、軍部もドタンバだもん、神経質になっとるからな。ヘタをすると君なんかも、ロクに調べもしないで、バッサリということにならんとも限らんぜ。気をつけるんだなあ。
人見 ……はい。その、私は――(すくみあがってキョトキョトする)
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(そこへ黒川※[#始め二重括弧、1−2−54]国民服にゲートル※[#終わり二重括弧、1−2−55]と、宗定※[#始め二重括弧、1−2−54]セビロ※[#終わり二重括弧、1−2−55]がズカズカ入って来る。黒川は正面の額に向ってキチンと敬礼をした後、友吉の姿と、まだ伸びている義一と、人見を見る。宗定は、一同をユックリ見まわしながら、巻煙草を取り出す)
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黒川 ……(今井に)そいで?
今井 (宗定に、ちょっとあらたまって敬礼をしてから)はあ?
黒川 ダメかね、やっぱり?
今井 なんしろ――
宗定 いかんなあ、しかし。(友吉と義一の姿をアゴで指して)あんまり手あらに扱っちゃあ。
黒川 だが実際、こうなると全く、どうにも処置のしようがないですからねえ。弱りました、われわれも。
宗定 そりゃ、僕らにしたって同じさ。本庁でも、君みんな逃げを打ってるんだ。しかし、それだけに参っちまったりすると、後がうるさいよ。相
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