(ながい間。……ミクロメータアにうつぶせになっている治子の白いエリアシを静代が見つめている。流れ作業のベルトが、その間にも廻転している音がリズミックにつづいている)
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女の声 (奥から、いかつく)人見治子さん! 山下静代さん! あんたがた、どうしたの! いまこの工場で、能率をおとすような人は、国賊ですよッ!(静代と治子がピクンとして、――治子は顔をあげて――いそいで仕事をはじめる)われわれ女子挺身隊は、敵をたおすために働いています! われわれの職場は第一線の戦場です! われわれは兵士です! 撃ちてし止まんの覚悟を忘れた人は、日本人ではありません!
静代 ……(だまって、しばらく仕事をつづけた後で、顔を動かさないで、おしころした低い声で)監督さん、まだこっちを見てるわよ。……ごめんなさいね、治子さん。
治子 (これもささやくように)いいのよ、いいのよ。
女の声 われわれは、勝ちます! あくまで勝って勝って、勝ちぬきます! われわれは、われわれの手も足も、血も命も、カンキをもって[#「もって」は底本では「もつて」]国にささげます。カンキをもって[#「もって」は底本では「もつて」]!
静代 ……フ。ナチスの真似よ、あれ。……勝ちます。……カンキをもって。……勝てやしない。……勝ちたいけどさ。……勝てやしないわ。……だって[#「だって」は底本では「だつて」]、見てごらんなさい、こうして、飛行機の計器をこさえている。この、現に、このメータア、どこ製なの? ……向う製よ。……そんで、勝てるの? ……手や足や血や命なら、カンキをもって、いつでも、ささげる。けど、そんなものが、なんの役に立つの? ……フ。……(正確に手を動かしながら、その間を縫って低く)ああ、行っちまやがった。……いや、まだ見てる。チキショ。……でも、なんだわねえ、治子さん(治子の方は見ないで)……とにかく、ユーカンだわね。……こんな中で、たった[#「たった」は底本では「たつた」]一人で、あなた、……バカかキチガイでなきゃ、だれがいえるの? ……あんな、すこしポーッとしたような……組立部じゃ、あの人、お嬢さんお嬢さんていわれてたっていうんでしょ? ……そんな、おとなしい人が、いくらヤソ教になったからって、どうしてそんな思いきった事がやれるのかしら? ……ヤソ教というものが、そうだったら、なにも、友吉さんに限った事はないんでしょう[#「ないんでしょう」は底本では「ないんでしよう」]? ……キリスト教の人は、いっぱい居るんでしょ?……それが、どうして、たった[#「たった」は底本では「たつた」]一人、よりによってさ……ああ、ヤッと行っちまやがった、鬼ババめ。……(手は休めないままで、治子の方をチョット見て)現に、あんただってキリスト教でしょ? ――そいから、あんたのお兄さんもそうでしょ? どういうの、ねえ、どうして、友吉ていう人だけが、そんなかしら?
治子 ……わからないの。……私には、わからないの。
静代 ……いえさ、だから、ヤソ教として、どっちが正しいの? ……あの人? それとも、ほかの人たち?
治子 ……わからないの、私には。――だけど……いえ……でも、あの人は、まちがってはいない。
静代 ……そいじゃ、あんた、わけがわからない。……だって[#「だって」は底本では「だつて」]、あの人が善いのだったら、ほかの人がまちがってるわけだし、……ほかの人が正しいのだったら、あの人はまちがってるんだわ。……キリスト教の教えは、そんな、キチガイの宗教じゃないんでしょ? そんなら、それを信じてる人なら、誰が考えても、正しい事と正しくない事の標準はハッキリひとつしきゃないわけじゃなくって――? ……どういうの?
治子 ……わからない。私は、私は――(深い、刺すような眼で正面を見る。口のわきがブルブルとひきつっている)
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(その時、この室の、光のあたらない隅のドアにドシンと人がぶつっかる音がして、うすくらがりの中に二人の若い男が入って来る。そちらをすかして見る静代と治子……)
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男の声 ……しかたがないじゃないか。君みたいに、そんな、イキリ立って見たって、どうなるんだよ! わかってる者あ、わかってるんだ。友ちゃんは友ちゃんだし、君は君だ。いいじゃないか。友ちゃんが、そんなふうになったからって、君に責任はないさ。それぐらい、わかってる者はチャンとわかってるよ。しかし、なんしろ、みんな気が立ってるんだ。君を追いかけて表門の方へ行った連中もいるから、すぐに帰ると、また、あぶない。ここでいっとき待っていてから帰ったほうがいいんだ!
明 (かすれた声で)……北村さん、あんたあ、兄さんの友達だね? ね、そうだろう?
北村 そうだよ。だから
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