みんなで、よってたかって、迫害するという法はないじゃありませんか。……そりゃ、今、世の中がこんなふうになって、みんなが増産のためにシンケンになっている最中なんだから、そこいもって来て、あんな人があらわれれば、フンガイするのも、もっともじゃあるけど――いえ、私たちだって、こんな毎日夜業までして働いているんですもの、あなたの前だけど、チョット腹が立つわ、正直いって。……だけど、明という人にゃ、責任は有りゃしない。そうじゃなくって? そうでしょう[#「そうでしょう」は底本では「そうでしよう」]、治子さん?
治子 ……ええ。
静代 卑劣だと思うのよ、罪もない人を、おおぜいでイジメるの! 卑怯よ! みんな、卑怯だわ! それも、ホントウにシンから国のためを思って……つまり自分もホントウに国のために命を投げ出してかかっている人が、その事をフンガイするのなら、まだわかるけれど、たいがい、忠君愛国はおれ一人といったふうにノボセあがって良い気持になったり、人のオッポに[#「オッポに」は底本では「オツポに」]附いて、つまり附和雷同ね、そいでワーワーいっているのよ。私知ってるわ。ゲンに此処の工員の人に、ホントウに国のためを思って働いている人なんか、かぞえる程しきゃ居ないのよ。たいがい、しかたなしのイヤイヤながらよ。戦争のナリユキについてだって、そうだわ。もう、こうなったら負けたって勝ったって、どっちでもいいから、早くおしまいにしてくんないかなあ、というのが、たいがいの人のホントの腹の中だわ。カゲでは、みんなそういってる。それをしかし、口に出していうとしばられるもんだから、おもてむきは、忠義みたいな顔をしているんだわ。そうなのよ!
治子 …………
静代 ……(しばらくだまってから)だけど、なんだわね、また、考えてみると、みんなが腹を立てるのも無理もないとも思うのよ。そりゃ誰にしたって、こんな戦争――自分たちにはワケもわからないままにガヤガヤとはじまってしまって、つらい事ばかりの戦争なんか、早くなんとかならないかと思うには思うけれど、とにかく、はじまってしまった戦争、こんだけいっしょけんめいになって、たくさんの人を死なせて、ここまで来た戦争ですものねえ、負けたくはない、負けたらたいへんな事になる、それには、なにがなんでも、とにかく、みんな心をそろえてやりぬかなくてはならんという気持もウソじゃないと思うのよ。……私だって友吉っあんの事を聞いた時には、正直いってトテも腹が立ったわ。あんまり一人がってだと思ったのよ。だって、そうでしょう[#「そうでしょう」は底本では「そうでしよう」]? ……私は、一番上の兄さんは、満洲で戦死したんだし、そいから、イトコにも一人、ビルマで戦死した人がいるの。……そいから、あとしばらくすれば結婚する筈だった――その人も去年応召して南方に行ったんだけど、この半年ばかりタヨリがまるきりない。……もう、たぶん、死んだんじゃないかと思うの。……自分は、日本国民のために、いや、つまり、その日本国民の中には、静代さん、あなたがはいっているんだ、つまりあなたがたのため、命の限り戦って来ます。……そういってニコニコして行ったのよ。忘れないわ、私……あの時の顔を忘れられないの、私。(仕事の手は休めないで、すすり泣く)……それを思うと、石にかじりついたって、私――
治子 ……(涙を流している。仕事の手は休めない)
静代 それを思うと、私、ホントに、腹が立つの。国民全部が、こんだけなにしているのに、自分だけ、そんな事って、あるもんじゃないわ! でしょう?
治子 ……(たえきれず、次第に顔をふせ、ミクロメータアの上に額をつける)
静代 ……いえ、私、アテツケにこんな事いっているんじゃないの。あなたと友吉さんが親しかったんで、それをアテツケにいってるんじゃないのよ! まるきり、アベコベだわよ。あんたにだからいえるの。そうだわ、ほかの連中なんかに、こんな事いいたくなんかないわ。わかってくれる、治子さん? くれるわね? ……そうなのよ。だからね、友吉さんを憎んでいる人たちの中には……いえ、そりゃ、大部分がワイワイ連中だけどさ、なかには――いえ、そのワイワイ連中の気持の中にだって[#「中にだって」は底本では「中にだつて」]――私と同じような、やっぱりシンケンにあの人を憎まないわけにはいかない人だって[#「人だって」は底本では「人だつて」]いるのよ。……だって[#「だって」は底本では「だつて」]、戦争が善いの悪いのというんだったら、はじまる前にいわなきゃならないんだわ。はじまってしまって、こっちが殺したから、むこうが殺すというように、両方で押せ押せになってやりはじめてしまった後になって、善いの悪いのといってみたって、なんの役に立つの?……
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