子は眼がいくらか見えるようになっている)
[#ここで字下げ終わり]
貴島 ヘヘ、しょうがねえなあ。しょうがねえよ、まったく! ザマあねえや! チッ、なんてえこったい! ねえダンナ、村岡さん(と私服Bに呼びかける)ホントなんだよ。ただ、俺あ、あすこに寝ていただけだよ。俺も貴島の宗太郎だ、ヒキョウなマネはしねえや。商売してたとこをナニされたんだったら、グズグズいやあしないよ。
私服B じゃ、なぜ逃げようとした?
貴島 逃げやしねえよ、ツラあ洗いに立っただけじゃありませんか。
私服B あんなとこに、お前が泊っている事からして、おかしいじゃないか。
貴島 だって、あいで宿泊所でしょう? 宿泊所に人間が泊るのが、なにがおかしいんだね?
私服B 引揚者や宿のない連中の宿泊所などに泊るやつか、お前が? 第一、この男は、どうした?(と友吉をアゴでさす)
責島 だから、あっしゃ、知らねえといってるんだ、そんな人。(いわれて友吉が貴島を見て、何か言いそうにする。しかし貴島は何の感情も示さないで、知らぬ人を見るように友吉を見る)
私服B じゃ、こいつのポケットに入ってた、こりゃ[#「こりゃ」は底本では「こりや」]、どうしたんだ?(ポケットから、懐中時計や腕時計を五つ六つ取り出して見せる)
貴島 だから、知らねえよ。ヘッ! その人のふところから、そんなものがゴマンと出ようと、俺が知ってなきゃならねえ義理はねえでしょう?
私服B ハハ、よかろう。向うへ行って聞こう。どっちせえ、大した事にゃならんよ。
貴島 あたりまえでしょう、大した事になってたまるもんじゃねえよ。あったり、まえ、でしょうっと[#「でしょうっと」は底本では「でしょうつと」]、ヘヘ、ねえ!(と私服Aに)今どきの東京だ、ツイたまたま電車をなくしちゃってさ、一泊旅館に泊っただけで、天下の公民が、大した事になって、たまるもんですかよ、ねえ!
私服A (その相手にはならずBに)こんだけだね?
私服B うん、あとはいいだろう。キリがない。
警官 (友吉をアゴでさして)これも?
私服B (手錠のために、うまくトラックにのぼれない貴島の尻を押し上げてやりながら)常習のスリだ。ちかごろじゃ、おかしなブロウカアなどもやっているようだ。そいつは初めての顔だが、組んでやってるらしい。まあ、子分かな。(いわれて友吉はオドオドして警官や刑事たちを見まわしている)
私服A (治子と俊子を指して)これは?
私服B そうさなあ……(二人を見る)
友吉 これは、私の妹と治子さん――あの、よく知っている――今、からだが悪くって――そいで、私と妹が、この人をむかえに、ゆうべ夜中に来たんです――治子さんが此処に居ると知らせてくれた人があって、あの――(と既にトラックにのっている貴島の方を見あげる)
貴島 (それには知らん顔をして、私服Bに)ダンナ! タバコを一服めぐんでくださいよ。(私服Bは、その貴島と友吉と治子と俊子をユックリと見まわしながら、ポケットからタバコのケースを出して一本抜き、差し出した貴島の口にくわえさせてやる)……ありがてえ。
友吉 あの、兄さんにも――先生にも知らせる筈だったんですが、その暇がなくて――んで、からだが悪いんで、朝になって連れて帰ろうと思っていたら、こんな、その――ですから――
私服A 向うへ行ってから、言いたまい。
私服B いいだろう、関係は有るらしいが、かげんが悪いらしいし、(と治子の事をいってから俊子を見て)眼が見えないのか?
俊子 いえ、あの、見えます。すこし見えますから――
私服B 二人ともそんな様子で、このへんでヘンなマネをするんじゃないぜ。家は有るのかね?
俊子 はい、あの――でも兄さんが――
私服A 兄さんだか、ヒモだか知らんが、早く帰るんだ。
貴島 (刑事たちに向って)チョット火を貸して下さい。(わきに乗っている若い女が、ライタアを出して火をつけてやる)
男A (貴島に)あんさん! 俺にもチョックラ吸わしてくださいよ。
貴島 オーケー。だけど、もうちょっと、やらしてくんなよ。
友吉 しかし、こうして、この人はからだが悪いし、これはよく見えないので、僕がつれて行ってやらないと、帰れないんですから――
私服B いかん。お前も乗るんだ。
貴島 (タバコを男に渡してやって)わからねえなあ、ダンナも! そんなの連れてったって、しょうがねえじゃねえか、帰してやんなさいよ。正真ショウメイ、そんな人は、わっしゃ、知らねえんだ。チッ!
私服B (友吉に)そうかね? お前は、あの男を知らんのか?
友吉 はあ、いえ――
男B (トラックの上で)早くしてくれよう! 寒くって、しょうがねえよう!
私服B 仲間だろ?
友吉 はい。貴島さんで――あのよく知っています――
私服B 見ろ!
貴島 (くやしがって、
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