過して行く列車。非常に長い列車で、音はほとんどしんぼうしきれないくらいに長くつづく……。

 或るガードの下。
 冬のあけがた。ガード下の道路には、まだ人通りなし。カゲになった所は、まだほの暗く、それに、つめたいモヤが立ちこめていて、見通しがきかぬ。ガードの右側の、高架線路の下はズーッと、きたない荒れ果てた倉庫になっている。ガードの下の一番てまえにトラックが一台、なにも乗っていない後部をこちらに向けて置いてある。高架線路の鉄の橋ゲタの一部とトラックの左側の側板だけを、のぼりかけた朝日の光が、うっすりと照らしている。武装した警官が一人、トラックのわきに動かず無表情に立って、右がわの倉庫になった奥を見ている。その他には誰も居ない。――やっと高架線路を列車の音が通り過ぎる。……どこかで、工場の時報のサイレンが鳴る。……やがて男Aと男Bが、右がわの倉庫の前の、せまい路からノソノソ出て来る。二人とも、おそろしくよごれたカーキ色の服に、藁くずのようなものを方々にくっつけたまま。それでも、男Aは、からだに合わない古オーバを着ている。二人とも、トラックの方へ歩いて来る。
[#ここで字下げ終わり]

男A ……(ふりかえってノロノロした句調で)おい、おめえ、エンタねえか?
男B ……(ねぼけた目でAを見る)
男A エンタねえのかといってんだ。(右手を出す)
男B ……なんだよう?
男A タバコよ、有ったら、すこし、くれ。よ!
男B ……(相手の言葉はわかったのだが、それに返事はせず、いきなり、ノドチンコが見えるくらいの大あくびをする)おーう。
男A 朝起きて、いっぷく吸わねえと、どうも、眼がさめねえ。そういう習慣だ。(おかしくもなさそうにいう)
男B ……(つづけざまに、又あくび)
男A くれといったら、おい!
男B ねえよ。(あくびの後の身ぶるいをする)寒い。ちきしょう!
男A ねえならねえと早くいえ。アクビで返事をしゃあがる。
男B ……(相手にならず、クルリと向うを向いて倉庫の壁へ)
警官 おいおい!
男B ……?
警官 よせよ。
男B ヘヘ、そんでも、出てえもんで――
警官 ちっとがまんしろよ。
男B せっしょうだなあ。
警官 せっしょうは、こっちだ。僕がこうしている鼻の先でお前、あんまりじゃないか。
男B へえ。……(それでも、するのを思いとどまって、Aとともにトラックの方へ。警官は路を開いて二人を通す。二人は、慣れたもので、しかしノロノロとした動作で、タイヤの上部に足をかけて、トラックに乗る)
警官 ……(それを見ながら、かくべつの感じもなく)お前たちも、もう、いいかげんにしたらどうだい? 二人とも、何度目だよ? ……(AもBも返事をしない)警察と収容所とこんな所をグルグルまわって暮しているようなもんじゃないか。
男A ……そんでも、しょうがねえもんなあ。
警官 ……おれたちの身にもなってくれよ。三時にたたき起されて、こうして――
男B すんません。……(ニヤリとしてペコリと頭をさげ、Aと共にトラックの片隅に身を寄せ合って、ちぢこまる)
男C けしからんではないかね? 人権を、この――(プリプリいいつつ、私服刑事に、こづかれながら、同じ方向から出て来る。半白のヒゲを生やした老人で、顔だけはわりにチャンと[#「チャンと」は底本では「チヤンと」]しているが、みなりは完全に浮浪者。ブクブクのタビを五六枚はいて、その上からナワでしばった両足。私服Aは慣れきっているようで、ふきげんに興味なさそうに、返事はせず、男Cをトラックの方へ追い立てる)……これでも、とにかく、私は料金を払って……とにかく、ホテルなんだから、――それを、浮浪者あつかいにするというのは、この――(いっているのを私服Aがトラックに押しあげて、のせてしまう。そこへ、やはり同じ方向から、若い女が一人、あくびをしながらスタスタ出て来る。かっこうはすこしへンテコだが、わりにこざっぱりした洋装。ただ、パーマネントした頭髪に、ひどいホコリや藁くずが取りついている。ほとんど小娘といえる無邪気な顔)
若い女 ……(私服Aに)あたいも、あの……?
私服 ……(無言でうなずく)
若い女 病院じゃないの? ……(私服A、ふきげんに返事をしない)……でも、あたい、ホントによんべだけは、なんでもないのよ? ウソはいわない。終電をにがしちゃって、しかたがないんで、泊っただけよ。金も払ったし、……(私服Aあいてにならぬ。しかたなく、彼女はシブシブ、トラックによじのぼる。男Aが、上から引っぱりあげてやる)
[#ここから3字下げ]
(そこへ、同じ方角から、私服刑事Bにつれられて、両手に手錠をはめられた貴島宗太郎が、にが笑いをしながら出て来る。ちょっと離れて友吉と、病みおとろえた治子と、それを助けながら俊子。俊
前へ 次へ
全45ページ中43ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング