クツで板がこいを蹴って)チッ! なってまあ[#「なってまあ」はママ]!
友吉 ゆうべ、貴島さんが、治子さんの事を知らせてくれて、そいで、ここに案内してくれたんです。そいで――
私服A それで、なんだお前は?
友吉 あの、僕は時計屋で――クズ屋もやりますけど――片倉友吉といって――
私服B (貴島をにらみ上げて、笑う)見ろ! 時計屋だというから、おあつらえむきだ!
貴島 チッ! チッ! 知らねえよ、あっしゃ、そんな男!
友吉 善い人です、貴島さんは。
若い女 (男Aから廻されたタバコをふかしていたが)ホホホ! 善い人! ヒヒ!
警官 さあ、乗った乗った!(友吉の背に手をかけて、トラックに助け乗せる)
友吉 (しかたなく、かき乗りながら治子と俊子に)あのね、治子さん、僕あ、あの――先生の所へ、まっすぐ帰ってください! 先生は心痛なすってるんですから! 僕あ――僕あ、あの――治子さんの事、その、なんです、この、いっしょうけんめいに、なんですから――あの考えているんですから――大事にして、早くからだを治して――
若い女 ホホホ!
男A フフフ、ハハ!
友吉 (その自分のコッケイなミジメな姿を顧慮している余裕なく)俊子! 気をつけて! 気をつけて行くんだよ! 治子さんから離れないで――いいかい、頼んだよ!
俊子 いいわ、あの――(よく見えぬ眼で、なんどもうなずいて見せる)
治子 友吉っあん! 私、あの――(セキこむ。苦しそうである)
私服A よし! 頼むよ。(と既に、運転台の方へ廻っている警官に言い、自分もトラックに乗りこむ。私服Bも乗りこむ。スタートするトラックのエンジン。と同時に、高架線路の一方の方から、グワーッと近づいて来る列車のひびき)
友吉 たのんだよ! 俊子! 気をつけて! 治子さん、あのね、僕は、あなたを、あの、――気をつけてください! あの――(とトラックから乗り出しそうにして治子と俊子に呼びかける。私服Aが、そのエリクビを掴んで、力一杯に引きもどす。友吉は、からだが弱っているので、浮浪者たちとインバイとスリのまんなかに、たたきつけられたようになる)
若い女 いたっ!
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(グワーッと列車が迫って来る。友吉は、起き直って、俊子と治子に大声で呼びかける。しかしその声は、列車の轟く音にのみこまれてしまって、全く聞きとれない。……友吉、口に両手をかって、叫んでいる。聞きとれない。こちらの、治子と俊子は聞き取ろうとして、トラックの方へ走り寄る。……やがて友吉は、両手を組み合せて、祈るようなかっこうをして、こちらの治子と俊子を向いて、早口に何かいいながらなんどもなんどもうなづいて見せる。
若い女、すぐそばでは友吉の言葉が聞き取れると見え、不意にプーッと吹き出し、ゲラゲラ笑い出して、嘲笑の手つきで友吉を指す。他の一同もゲラゲラ笑い出す。刑事たちまで笑っている。しかし、それらぜんぶの声が、列車の音に消されて全くきこえない。……友吉、一同を見まわし、又、治子と俊子の方を見て、ニコッと笑う。その白い笑顔を、あけがたの薄桃色の陽の光が照らし出している。
やがて、トラックが、奥へ向って動き出す。地ひびきを立てて通過しつつある列車。……その、ツンボになるように激しいひびきの静けさの中に、よく見えない眼をこらすようにした俊子と、俊子に肩をかかえられて苦しみをこらえながら、横顔を見せた治子が、遠ざかり行くトラックを見送っている)
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底本:「三好十郎の仕事 第三巻」學藝書林
1968(昭和43)年9月30日第1刷発行
初出:「人間 別冊 人間作品集」
1948(昭和23)年6月
入力:伊藤時也
校正:伊藤時也・及川 雅
2009年4月9日作成
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