イ」]だけをアーアーアーとやっていたが、やがて、口笛で合せる。右寄りの、まだ一カ所だけ修繕のゆきとどかないで破れたままになっているガラス窓の穴から見える黒い戸外の闇の中に音もなく雪の降っているのが、内部からの電燈の光に照らされてチラチラと白い。
[#ここで字下げ終わり]
人見 ……だけど、七年前に別れたっきりのあなたと、こうして今いっしょにクリスマスの飾りつけをしようなどと、誰が考えたろう? 夢のようですよ、やっぱり生きているという事は、すばらしい。それを思うと私は感謝しないではいられませんよ。
木山 私もホントにおどろきました。あのステーションで先生を見た時は。ズッと、こちらへ来てから、さがしていたのです。どうしても、わかりません。(いいまわしが、少し不自由のようである)
人見 そうでしょう[#「そうでしょう」は底本では「そうでしよう」]、広島のあの中学を中途でやめて、あなたはカリフォルニヤの御両親の所へ帰る、私は教職を引いて東京へ出て来るというので、別れたきりですものねえ。その後も、思い出しては、木山君、どうしていらっしゃるだろうと――あの時代ですからね――気にかかっていました。……しかし、なんですねえ、フシギなもんだ、そうやって、あの当時にくらべると、ほとんど二倍ぐらいの大きさになって、リッパになっていられるのに、声をかけられて一目見ると、すぐにあなただとわかった。人の顔も、これで、変らないもんですねえ。
木山 人見先生も、もとのとおりです。ただ、カミゲが、たいへん、白くなりました。カミゲだけ見ると、オジイサン。ですから、はじめ、うしろから見た時、気がつきませんでしたよ。ハハハ。
人見 やあ!(頭髪をなでる)ハハ、そうですか。
小笠原 ホホ、そうですわ。戦争がはげしくなってからこの教会の会員もチリヂリに疎開したりなんかで、あれからズーッと終戦の年の冬まで集りも休ましていただいていて、都合三年ですか、こんだお会いしたら、まるであなた、こうでしょう[#「こうでしょう」は底本では「こうでしよう」]? みんなもう、ビックリしましたのよ。……でも、御無理もありませんわ。ズーッとあなた、御心痛があまりひどかったんですから――
木山 ゴシンツウ?
人見 なに、私など、そんな――もともと、こんなタチなんですよ。
小笠原 いいえ、そりゃ――(眼に浮んだ涙を指でふいて、木山に)そうなんですの。戦争がひどくなって来る頃からの、この、キリスト教に対する圧迫――といいますかイヤガラセ――とにかく、イジメぬかれたんですから、人見先生などの御苦労は、そりゃあなた――
木山 そうですか。……そうでしょう[#「そうでしょう」は底本では「そうでしよう」]。よくわかります。よくわかります。
小笠原 (まだ涙をふきながら、ニコヤカに笑って)それを思いますと、先生のオツムは、それを耐えしのんでいらしった印みたいなものですから、一面から申しますと、ミサカエの光を見せていただいているようなもので――ホホ!
人見 そんな事はありません。そんな――
小笠原 ですけど、とにかく、先生を中心に此処でみなさんで戻って来て――こうして又、クリスマスを祝うことが出来るんです。なんと感謝してよいかわかりませんわ。それに、思いがけない、木山さんから、こんなリッパなデコレーションや、ゴチソウまで、こんなにたくさん持って来ていただきまして、ホントにホントに、なんとお礼を申してよいか――(破れた窓の外の闇の中から、この室をのぞいている白い顔が見える)
木山 オー、なんでもありません。デコレーションは、友人たちからツゴウしてもらいました。食べものは、マザアとシスタが送ってくれたものです。クリスマス・イヴには、もうすこし持って来られます。あなたがたに、すこしでもお役に立てば、うれしいのです。……それに、これから世の中を平和にやってゆくには、クリスト教はダイジなものですから。さかんにならなければならないでしょうから。いえ、ボクは、まだクリスト教のことは、よくわかりません。信者ではありますが、ボンヤリした信者なので、なんにもわからないのですけど。……ですから、そのために、この――
小笠原 ホントに、私ども、平和が戻って来ました事を、なんと感謝して――
人見 ……(昂奮を自らおさえつけるように、デコレーションの銀紙で張った星をにぎったまま、クリスマス・ツリイのわきに膝をついて、口の中で祈る)……(それを見て小笠原も壇の所にしゃがんで祈りはじめる。木山は、その二人を見くらべて、チョットこまるが、祈りはしないで、カガトをそろえて立ち、すこし頭をさげかげんにしている。窓の外の顔は、まだのぞいている)……(口の中で低くいっている言葉が、すこし聞きとれるようになる)感謝いたします。……平和を私どもの上に導い
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