礼。
友吉 貴島さん、あの先日の時計は、まだこうしてもうチョットあの――
貴島 ああ、いいですよ。いつまでもいいんだ。どうです、俊ちゃん、その後、眼の方は?(俊子が返事をするのも待たずに治子に向って)いえね、私あ、この少しばかり古物を扱っている貴島宗太郎と申しましてね、ヘヘ、ケチな男です。どうぞよろしく。なにね、片倉さんを好きで――いえ、好きといっちゃなんですがね、この、いえ、戦争中、ケイサツでいっしょに、この、ヘヘ、いろいろお世話になりましてね、なんしろあなた、いまどき、変った人だ。ハハ、だんだん見ていると、とんでもねえ、エレエというのかバカというのか、ヘヘヘ、まあ、神さまみてえな――つまるところが、エスさまあでさあ。おどろいたねえ。おどろきました! そいからまあ信者になったのです。信者といったって私あ、ヤソなんかの事あ、わからんですよ。ヤソだろうとクソだろうと、見さかいのない野郎でさあ、だから信者といっても、神さまの事じゃ、ごいせん。つまり片倉友吉さまでさあ。いや、まったく。片倉友吉さまの信者でさあ。ヘヘヘ、そいでまあ。(いいながら、ふところから、懐中時計を二つばかりと腕時計を一つ取り出して、友吉の机の上にのせる)……はい、これ、やっといて下さいよ。いや、ブンカイそうじをしてね、こわれてるのは、なおしといてくれりゃいいんだ。なんなら、誰かほしいという人があったら、売ってくれてもいいよ。値だんは、あんたにまかせようじゃないか。(又、もう一つ懐中時計をポケットから取り出す)ええと、こんで、おしまいだ。ヘッヘヘ、信者だからねえ、私あ。そんでまあ、片倉さんがこうして、こんだけエライ人が、こんだけの腕を持ちながら、こうして困っているのを見ていると、まったく、腹が立ってね、だから私が言うんだ。闇取引であろうが、なんであろうが、おやんなさい、私が方々のワタリはつけてあげる。今どき、そんなリョウシンのヘチマのいっていても、誰もホメちゃくれねえ、だいたい政府にしてからがタバコだのなんだの、法外もなく値上げをしてヤミをしょうれいしているようなもんだしよ。タカラクジなんてもなあ、ありゃお前さんバクチだもんねえ、つまりヤミやバクチは、おかみですすめているんだ。おれたちが、これをやらなきゃ、政府の方針に反するからね。ハハ……まあまあ話がさ、スのコンニャクのといったところで、生まれてきたんだから、生きて行かざあならねえやね。そんだけだあ! だからね、なんでもいいからおやんなさいと、いくらいっても、どうもしょうがねえ。しかたがないから、まあこうして、商売物の時計を持って来ちゃ、なにしてもらっているんですよ。ハハハ、どうもユーズーがきかねえもんだ。じょうだんじゃねえよ、まったく! うっちゃって置くと、神さまも神さまのゴケンゾクもおっ死んでしまいますからねえ! エスさまのヒモノなんざ、博物館でも引きとり手がねえべ。ハハ、じょうだんじゃ、ありません、まったくのところ! そんでまあ(まくしたてながら、ズボンのポケットから、サツのタバを無造作につかみ出して、その一部分をポイと友吉の机の上に置いて)……だろうじゃありませんか?(それに友吉がビックリして、口の中でなにかいって返しそうにするのを、押しふせて)ハハ、修繕代は又あとで払いますよ。こりゃその、ケンキンでさ。まあ、おサイセンだ。いいです! いいですよ! いやなら、修繕代としてくれてもよろしい。どっちでもいいでさ! エスさまなんてもなあ、この、ただ、えらそうなツラをして見ててくれりゃ、いいんでさ。でしょう? 神さまがケンキンを突き返したりなんか、コセコセすると、ありがたみがなくならあ。そういう事は、われわれこの人間は見たくないよ。神さまあ、人間どもを見おろしていてくれて、よしよしお前たちはウジ虫であるから、ウジウジとしていろ、金でも食い物でも、お初穂を持って来い、わしが食ってやるぞよ! そいでいいんだ。そいだから、ありがたいんですよ! そいで、はじめて神さまだあ! 食ってやるぞよ! ねえ、おっ母さん!(リクに)
リク ……(貴島のおしゃべりの間に、寝床の上に起きあがって坐っていたが、いわれて大きくうなづく)……はい、私あ、おなかが空いて――
貴島 ヘ?
俊子 おっ母さん、直ぐ、あの、買って来るから。
貴島 あ、そうか! なあんだ、そんならそうと早くいってくれりゃ、いいのに。おっと来た! 食べる物なら食べる物!(ジャンバアのポケットから、紙袋に入ったホットドックを三つ四つ取り出して、一つをリクに、残りを俊子に手渡す)さあどうぞ! さあ、さあ、お食べなさいよ、エンリョはいらねえよ! いやね、自分用のベントウ代りに、近ごろじゃ、どこでどんな目に会うか、わからねえからね、半日や一日の食料はいつも御持参でさ。肉がはさんで 
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