みすぼらしいナリに、頭髪をおさげにし、眼は普通に開いたまま、ごく僅かしか見えない。右手に大事そうに、大型の置時計を一つさげている。明るい顔付。時々、土くれにけつまづいたりして近づく)
[#ここで字下げ終わり]
友吉 ……(やっと、夢からさめたようになり)あぶないよ、俊子、そらそら!(立って行きかける)
俊子 いいのよ、平気。……(ニコニコして置時計をかざして見せながら)ほら、兄さん!角の隅本さんという内で、なおしてくれって!
治子 ……[#「 ……」は底本では「……」](その俊子の姿を見ているうちに、今までの凍りついた態度がクラリと変って、不意にバラバラと涙をこぼし、次ぎに声を出して泣き出す)……ごらんなさい、友吉さん! ごらんなさい、友吉さん!あなたの神さまは、こうだわ! いいえ、私は、ダンサーだって、いいえ、もっと、もっと、どんな事したって、――俊ちゃんまでを、こんなことさせるくらいなら――(泣く)
俊子 (あがりばなへ来て、びっくりして)……だあれ?
治子 私が働いて――どんな事をしたって働いて、俊ちゃんに、そんなこと、させない。……(ユカに突伏す)
俊子 ……治子さん?治子さんでしょう!……どうしたの、兄さん?(あがって、友吉に置時計を渡しながら)
友吉 ……角の、あの――
俊子 隅本さん。急いでなおしてくれって。……治子さん、どうなすったの?
友吉 うん。……
リク (それまで眠っていたのが、眼をさまし、寝たまま)ああ、ああ。ああ、ああ。……おなかが、すいたねえ。
俊子 お母さん、目がさめた。……(足さぐりに寄って行き)どう?よく眠れて?
リク 眠れやしないよ。頭の中でガンガン、ガンガン、鐘ばかりなって。
俊子 なんか、食べる?
リク 食べさしておくれ。おなかがすいて、おなかがすいて。なんでもいいから。食べさせておくれ。ひどいよ、自分たちばかり食べて、私には、なんにもくれないんだから。
俊子 だってそんな事いったって、お母さんが、なんかあげると、食べないんだもの。……今日は、ホントに食べる?
リク ああ、食べたいよ。早く、なんか――
俊子 はいはい。……(よく見えない目で友吉の方を見る。友吉立って室の左の隅に二つ三つ積んであるブリキのカンを次ぎ次ぎと開ける。みなカラッポ。だが、今度はポケットから、ガマグチを出して、なかみをチラリと見て、ガッカリしてボンヤリ坐っている。その様子を突伏していた治子が横眼でジッと見ている)
リク ……ああ、ああ。
俊子 ……(ひとりごとのように)ズーッと配給がおくれているから。
友吉 ……(思い決したふうで、ツト立って、左手の棚の上にのせてあった一冊の本を取って出て行きかける)じゃ、チョット、なんか買って来るから――
治子 ……(急いで、ガマグチを出し、有り金を手の上にあけて、それを友吉に渡しながら)これで、あの―― 五円ぽっちじゃ、なんにも買えやしないでしょうけど。
友吉 いいんだ、いいんだ。これを売ってくるから――
治子 バイブルでしょう[#「バイブルでしょう」は底本では「バイブルでしよう」]? ダメだわ、売っちゃ! 友吉さんが、それを――ダメ!
友吉 いいんだ。――(ゲタを突っかける)
[#ここから3字下げ]
(そこへ、崖の方から、不意に現われたと思うと、恐ろしい敏しょうさで[#「敏しょうさで」は底本では「敏しようさで」]、この家に近づいて来る復員服にジャンパーを着た貴島宗太郎――7に於ける男3――)
[#ここで字下げ終わり]
貴島 (自分の来た方を振返って見てから、スーッと近づいて来て、笑顔)おい、エスさん! 居るかね! よう! 片倉さん、今日は!(友吉にいいながら、ジロジロッと壕舎の中の三人の姿を見てしまっている)ヘッヘヘヘ、どうです景気は? ヘヘ、まあまあ、いいですよ、いいですよ、なあに、チョットそこまで来たんで、どうなすっているかと思って寄ってみたんだ。ハハ、どうかね、その後おっ母さんのグアイは? 今日は、おばさん!(友吉を室の中に押しもどし、自分もあがりばなに掛け、リクの方をのぞき込んだりして、ベラベラとしゃべりつづける)早く起き出して、この、なんでも食えるようにならなくちゃダメだね。元気を出さなくちゃ――そんなお前さん、この御時勢だ、なんちゅう事あないんだからねえ、あれはいけない、これはいけないなんて食わずぎらいをしていたって、しょうがないんだ。コジキだからね、俺たちあ。コジキになってしまったんだから、なんでもかんでも手当り次第に食うのさ。シャケの頭だろうと、人間の足だろうと、ドロであろうと、アブクであろうと、よりごのみをしていちゃ、生きて行けねえや[#「行けねえや」は底本では「行けねえゃ」]。ね、そうでしょう? (ジロリと治子を顧みて)ヘヘ、今日はあ! こりゃどうも、失
前へ 次へ
全45ページ中34ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング