子を見る)……ありがとう。……だけど、僕らはどうでもいいから、ダンサーなど、よしたほうがいいんじゃない?
治子 ……私には、もう、祈れなくなっちゃった。戦争中は、あいで、苦しかったけど祈れたわ。だけど……もうダメ。
友吉 ……そんな事しているよりか、早く教会に帰った方がよいと思うんだ。兄さん、こないだも此処に来て、治ちゃんにそういってくれって――
治子 ウソだわ。
友吉 だって、先生はホントに治ちゃんの事を心配して――
治子 ウソ!
友吉 しかし――
治子 兄さんなんか、どうでもいいのよ。友吉さんがウソいってる。
友吉 そんな――
治子 そうじゃありませんか? あなたは、兄さんの教会なんかを、良い所だとは思っていない。あすこには、もうホントの聖霊は居ない。そうなんだわ。……そして、あなたの思っている通りだわ。パリサイびとの宮――そうなのよ。そこへ私を、あなたは、そこへ私に帰れとおっしゃるの?
友吉 そんな事はない。キリスト教を受け入れる――神を受け入れる受け入れかたにも、人によっていろいろの形が有って――その事が僕にもわかって来たんですよ――いろんな形が有る。そのどれもが、広い大きな目から見れば、みんな神さまのものです。――主の祈りをとなえながら、その拍子に合せてキカン銃を打っていたヘイタイが居た――こないだ本で読んだんですよ。それだって神の世界の出来ごとかもしれない。神さまの世界の広さや深さを、われわれ弱い小さい者が、自分の量見で区切ってタカをククル――というのもへんだけど――てはいけない。そんな気がして来たんです。まして、あなたの兄さんなど、あんな立派な人格の――
治子 そいじゃ、そいじゃ戦争中の友吉さんが、神さまを守って、あんだけイジメられても、なにしていらしったのは、なあに?
友吉 ……あれは、僕の、思いあがった、まちがいだった――かも知れないという気が、ちかごろ、して来たんです。
治子 イヤだ! イヤだ! イヤだ! (ほとんど叫ぶ)そんなの、イヤです! いまさら、そんな、友吉さん、あなたまでが――イヤだ! ……(しばらく黙った後、再び沈んだ、過度に冷静な調子で)――あたしは、神さまを見失った人間なの。しかし友吉さんまでが、そんな事をいっては、いけない。しっかりしてちょうだい。……私が神を失ったのは、戦争中の兄さん、終戦後の兄さん、その兄さんを見ていてなの。私は、兄さんから、神さまを与えられた人間よ。そして、こんだ、兄さんから神を取り上げられたの。……そうじゃありませんか。……戦争中、兄さんは疑いだした。苦しんでいたわ。私も苦しかった。しかし、その頃は、まだよかったわ。けっきょくは、ホントは、ホントの心の底では信じていたわ。……その兄さんが、終戦後、又教会はじめて、以前の通り集会なんかもチャンと開いて、――そりゃ、いろんなメンドウな教義やリクツやいいまわし方でね――とても熱心だわ。それ見てて、どうしてだか、私、こんだホントに信じられなくなったの。まるきり、メチャメチャになった。……神さまなんて、まるで、出たとこ勝負の、イジの悪い、人にイジの悪い事ばかりして自分だけニヤニヤ笑っているような、ヘリクツこねの――そういう気がするの。……どうしてだか、わからない。すくなくとも、新約の神は、私から、なくなってしまったわ。悪魔が私にとりついたのかも知れないわね。フフ。どうでもいいわ。……そしたら、急に、私、自分も人間だっていう事に気が附いた。一人の女だって事に気がついたの。女よ。……私たちは私たちを愛しているのよ。食べて、生きて、愛しているのよ。食べて、生きて、愛して行くのよ。たとえ悪魔と同じような事をしても。……がまんにも、そいで、兄さんの教会には居られなくなったの。そいで、一人でアパートに行って、会社につとめて――そいで、食べられなくなったから、もう、なんでもしようというの。悪いかしら?
友吉 ……いや、悪いのなんのって、そんな――
治子 人間なんです。一人の女なの。私は。それが悪ければ、神さまは罰したら、いい。……女よ。おちちも有るの。そいから、そのほかの――みんな――(石のように青ざめて来た顔で、右手をツト動かして、コートの胸元のスナップを、白いミゾオチのへんまで、パラリと開ける。――友吉の方へ立ちかける)
友吉 ……(苦しみにゆがんだ顔)許してください。ぼくには、わからない。ダメなんだ。治子さん。もう、あの――
治子 友吉さん、私ね……
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(そこへ、崖の上から、「兄さん!」という声がする。友吉も治子も、そちらへ目をやる。目の不自由な俊子が、そちらの小道を降りて来るらしい。友吉も治子も、しばらくボンヤリして、それを見迎えている。……やがて、傾斜のところに、俊子の姿が現われ、足さぐりに壕舎の方へ。極端に 
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