共産主義にやサンセイな人間だ。こないだの選挙だって共産党の運動員で走りまわったくらいだもん。だから、主義はそいでいいと思うんだ。――しかしだよ、だからといって戦争中のことを忘れちまっちゃ、いかんと思う――というよりは、人間なら忘れるわけにはいかんと思う。あいだけの親兄弟が死んだこと、そいから、その時分自分がどんな事を思い、どんな事をしていたかという事をだよ。……あん時、明ちゃんと此処で話した――おじさんがなに[#「なに」に傍点]した日さ――(いいながら自然に彼の目が傾斜の上を見上げる。友吉の視線もそれを追ってそちらを見る)――ちょうど夕陽が、カッと照らしていた。――あんときの事を俺は忘れない。――自分の気持が上っすべりに突走りはじめると、きまって、それを思い出すんだ。――すると、いい気にゃなれない。組合の連中なんかのいってるような事では、片附かないんだ。そいだけでは救われないという気がするんだ。つまりそいだけでは、死にきれねえという気がするんだよ。だって、又、戦争が起きるかわからんのだからなあ。どうなるんだよ、こんだあ?……それこれ思ってると、ただ左翼の連中のいうことだけを聞いていたって、安心はできないんだよ。……そこいらの事、その、キリスト教では、どんなふうになるんだい?
友吉 ……(崖の上の、こげた樹から目を離さないで)さあ。……わからん。……ちかごろ僕には、いろんな事がわからなくなってしまった。……頭がクラクラして。
北村……どういう意味だったろう、あれは?いやさ、ここのおじさんが、あん時、――そうだ、君の今坐っている所に坐っていたが、ヒョッと「友吉のいうのがホントかも知れん」といったんだよ。そういって、そいで立上って、あすこをのぼって行った。そいで――。その、友吉のいうのがホントかも知れん――
友吉 ……(北村の言葉をジーッと聞いている間に、だんだん頭がさがってくる。ホントの苦しみが、はじめて彼の顔に現われる)
北村 ……どっちせ、このままでは、おれたち日本人は救われねえんだ。……安心は得られない。
友吉 ……(不意に、右手のピンセットを投げ出し、左右の手を組み合せ、その上に顔をのせて、修理中の時計の上にガシャンと突伏す)
北村 どうしたんだよ?片倉君?……どうしたんだい?え、友ちゃん?
友吉 (突伏したまま)わからない。僕には、よく、わからない。神さまは――(だまってしまう)
北村 ……(その友吉の姿を、つらそうな眼をして、ボンヤリ見つめている)
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(そこへ、右手の小道の方から、人見治子が近づいて来る。みすぼらしいコートに、モンペ式の黒いズボン。以前は少女らしくフックリしていた線は彼女の顔からソギ落ちてしまって、鋭どくフケこんで、無口に無表情になっている。今日はともいわないで、あがりばなに立ち、突伏している友吉と北村と奥に寝ているリクをチラチラと見てから、北村に黙礼する)
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北村 ……や、今日は。……どうです?
治子 はあ。……(相手になろうとせず、ゲタをぬいであがり、眠っているリクの方へ行く)
北村 その、事務員の方の仕事は、うまく行っていますか?
治子 ええ。(いいながら、リクの額にソッと手を当ててみたりする。その態度に取りつきばがない)
北村 ……じゃ。(と腰をあげて)じゃ、又来るからね、友ちゃん。(友吉は、まだジッと祈っているようなかっこうをしている)……あんまり、考え込まないで――こんだ、仕事が有ったら、持って来るから。……(治子に)治子さん、じゃ――(右手へ去って行く)
治子 ……失礼しました。……(リクの着ている薄いフトンのスソから手を入れてその足にさわって見たり、枕もとを片附けたりしてから、あがりばなの所へ来て坐る。そして、表情を動かさないままで、友吉の姿をしばらく見ている。間)……俊ちゃんは?
友吉 …………。
治子 ……私ね、明日からダンサーになるの。……学校時代の友達がやってるから、なんでも教えてくれるんですって。――近頃じゃ、すぐにやれるんですって。着物もその人が貸してくれるの。――(友吉動かない)どうしたの?
友吉 …………。
治子 今のアパートから、追い立てをくって、いよいよもう、居られなくなったの。部屋代をいっぺんに五百円にするというのよ。……そうでなくっても、今の会社の月給は六百円で、食べるだけでも、たりなくなって来たし……ホールに出ると、その日から百円ぐらいにはなるんですって。……私、もう、こうなったら、なんでもやるわ。……だって、このままで行ったら、私もだけど、それよりもお母さんも俊ちゃんも、医者や薬はおろか、あなたも、みんな、カツエて死んでしまう。……(しばらくだまっていてから)お祈り?
友吉 ……(顔をあげる。ボンヤリした眼つきで治
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