残念ながら……諸君をしぼり取ろうとしている人は、まだ居りますがね。……(客席から「そうだ!」「そうだ!」と二声ばかり叫ぶ声がして、同時に全員が昂奮した烈しい拍手をする)……(気持よく笑って)ハハ、いや、まあ、なんですよ、しぼり取れる時にはサンザンにしぼり取って、そいで、こんな時代になって、あんまりもうからなくなったので、人手をへらす必要があるというんで、諸君をお払い箱にしたいという人たちは、居ります。……そいつは、あんまりきこえないというわけで、やむを得ず諸君も今度立ち上って、首は切らないでくれと、まあ言いはじめたわけですね?(拍手)……あたりまえなんですよ、諸君がそう思うのは。だから、つまり、諸君が働いてもうけだしたものを、諸君がみんなで分けてやって行けるようになれば、なんのゴタゴタも起きないわけです。同時に、そんなような諸君がいっぱい集って、自分たちの手で自分たちの間から選び出した人に政治をやってもらうようにすればゴタゴタは起きないのです。つまり、戦争は起きないんだ。……つまりですよ、本来、労働者、勤労階級、農民などはまったく平和的なんです。ですから、諸君が、自分たちの手で、自分たちの力で万事をやるようにする事が、諸君がおちついて安心して仕事にはげみ、幸福になる方法であると同時に、そうする事が即ち、世の中に今後ぜったいに戦争を起さないですむ最も善い、最も早い方法なんです!(客席に烈しい拍手。ワーといって四五人の男が立ちあがっている)どうかしっかりやってほしいと思います。……では、このへんで――失礼しました。(ニコニコしながら、客席の前の端を見る)
司会 ……(細田の視線の先から立ちあがって行き、細田に代って、テーブルの向うに立つ。細田は、わきに寄ってイスにかける)ええ、実に非常に良い話をしていただいて、私ども一同、なんと言ってよいか――われわれ勤労大衆のために、永い間牢獄にとじこめられて来られた細田さんのような方が、相変らずわれわれの事をこんなにまで考えてくださることに対し、これから、いえ、こんどこそは、われわれもシッカリしなくてはならない。現在の会社当局が、終戦以来われわれに対して取って来た態度と思い合わせますと、実に感がいなきを得ません。われわれは、此処にわれわれの決意をかためるとともに、細田さんをはじめ、人民解放のための闘いに、あるいは倒れ、あるいは自由をうばわれていた方達に心の底から感謝し、今後どうかよろしくお頼みしたいのであります。(さかんな拍手。細田微笑しつつ中腰になり、うなづいて拍手に答える。それを見て、客席の最前部から一人の青年が拍手しながらツト立ちあがる)
青年 あの――かんげいのために、歌を歌います! みんなで歌って下さい。(歌)民衆の旗、赤旗は――(客席前部の大部分の人々が、それにつれて歌い出す。司会者も手でタクトを振りながら歌う。……歌いおわり、全員で拍手)
司会 ええと……それでは、次ぎに――(と背後の黒板を振り返り)片倉友吉君に話をしてもらいます。片倉君のことは、紹介するまでもなくたいがい――特に組立部の者はみんな知ってる。戦争中一年以上、ほとんど二年近くも憲兵隊や警察にいて、終戦になって出て来たのです。さんざんゴウモンを受けて、片手を不具にされたりしても屈しないために、憲兵隊でも警察でも手を焼いてしまって、これをどう処置してよいか伸ばし伸ばしして来て、ついにしかたがないので、軍法会議の方へ廻されることになっていたそうですが、グズグズしているうちに終戦になったといいます。あぶなく命びろいをしたわけです。そういう意味で――つまり、あのドロボウ戦争に命がけで反対して来た人として、片倉君はかがやかしい闘士でありまして、そんな人間をわが工場から出したという事は、われわれのほこりであります。(われるような拍手)片倉君、どうぞ! 片倉君!(呼ばれて客席の前部に坐っていた友吉、しかたなく立ちあがるが、モジモジしている)どうぞ!
細田 (興味を引かれ、乗り出してそちらの方を見ながら)……すると、なんなの――その?
司会 ええ、あの、キリスト教なんですよ。そいで――(細田、ホウと口の中でいって、友吉の方を見る)片倉君! さあ、どうぞ、こっちへ!
友吉 でも、ぼくは……
司会 なんでもいいんだ。思った事を、チョットでもいいから、ね!
友吉 べつにその、話すことなど、ないもんで――
司会 えんりょしたまうなよ。ハハ、もとの仲間じゃないか、みんな。(三四人の笑い声。同時に、友吉のうしろから、彼をテーブルの方へ押しあげようとする二三人の手が見える)
細田 (微笑しつつ)どうぞ! どうぞ君!
友吉 ……(しかたなく、テーブルの方へ。きまりわるそうに細田に向っておじぎをしてから、テーブルの向うに立つ。まだ青白く、左の腕はブラ
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