下すつたで――」
楽士「へーい。あんたあ、オカラと草を食ふのか? まるで兎みたいな人だなあ!」
その辺の乗客がゲラゲラ笑ふ。
まつ赤になり、困つて、デツキの方へ行くスミ。そこで竹の皮包みの中味を見てビツクリし、次にどうしたものかと弱つてゐる。ゲーゲーと言つてゐた区長を思ひ出してゐる。
車が停車する。小さな駅。
車掌――「十分間停車」言ひながら外を歩いてゐる。
方々で欠伸の声。ボヤク声。小便に降りて行く乗客も居る。暗い外景。
スミ、竹の皮包みのやり場に困つて、捨てようとして、首を出して見ると、客車の窓から肩を出して外を眺めてゐる乗客の姿。間が悪くなり、デツキから降りて、列車の後部の方へ歩いて行き、捨てようとする。
豚の鳴声。
スミが振返ると、後部の二輌の箱の板張りの間に、外に向つてズラリと並んでゐる豚の鼻ヅラの列。
スミ、急になつかしい様な気持になり、近附いて内部を覗く。――自分のために売られた子豚達もしまひにはこんな目に会ふのだと思ひ、少し悲しくなりながら更に後部の方へ歩いて行く。
竹の皮包みを貨車の中の豚にポイとはうり込む。そしてヒヨイと目を上げると、列車の最後の車――第三番目の後尾の車掌室(非常に狭い場所)の所に、デクデク肥え、鼻が上を向いた車掌が腰かけて、非常に小さな眼を眠さうに開けたままウツラウツラとしてゐたのが、ヒヨイと眼を開ける。が再び眠りこけてしまふ。その顔が豚に実によく似てゐるのである。
前部――客車の方へ戻りかけるスミ。
○戻りかかつて、第二番目の箱の車掌室の前を通りかかり、ヒヨイと覗いたトタンに、その奥でムクムクと動いた黒いものがある。これも豚かと思つてよく見ると人間らしい。勿論車掌ではない。
スミの方を見た顔は、夕方待合室の表でぶつつかつた少女――サーカスのダンサーのユリである。
無賃乗車をしてゐたのである。
スミ驚ろいて、どうしたのかと問ふ。
ユリ「どうか、どうか、此の客車の人達には黙つてゐて下さい」哀願する。
スミ「あゝ、あんたは、昼間、待合のとこで会うた人だね。どうしたんです。こんな所に?」
スミとユリの対話。
東京迄逃げて行くのだが、金を持つてゐないユリ。悲しいユリの切迫した境遇。
(たつた一人の兄が東京で急病になり、危篤の通知を受けたけれども自分は曲馬団に雇はれてゐる身故、東京へ行かしてくれと頼んでみたけれど、どうしても許してくれないので、心ならずも逃げ出して東京へ向つてゐる)
スミ、同情して自分まで泣き出す。
スミ、再び金をやる。これで父親から持たされた豚代金はおしまひになる。ユリは、初め辞退するが、やがて感謝してそれを貰ふ。
スミ「そいで、どんな風にして東京まで行くだ?」
ユリ「この車で終点まで行き、いたゞいたお金で行ける所まで行つて、後は又なんとかして――」
汽罐車の方でシユーツ、シユーツとエキゾーストを吹き出す響。
それに元気を得た楽士達が一言二言喚声を上げて、二三の楽器で楽隊(「美しき天然」か何か)を奏し出した音。
スミとユリびつくりしてゐる。
やがてそれと悟り、ユリが青くなる。
スミ「あゝ! 曲馬とやらの人が四五人乗つてる。あ、さうだ、あの人達、あんたの事話してゐたつけ、思ひ出した! あんでも、あんたを掴めえるために居残りさせられてゐたつう[#「つう」に傍点]人達だ。このまま、これに乗つて行けば、いづれは見つかつてしまふ。どうしたらよかべ? どうすんの?」
困つてウロウロするユリ。窓からヂツと前部の方を覗いたりする。スミもうろたへる。
スミは早く此処を降りて、二つ三つ後に通る汽車で逃げろと言ふ。しかし、ユリの身装を見ると異様なダンサー姿である。このままで行けば、又直ぐ見つかつてしまふだらう。発車は迫つてゐるし、スミは仕方なく、ユリの洋服を脱がせ、自分の着物をスツカリ脱いでユリに着せる。
発車の汽笛。
泣いて感謝するユリをせき立てて、外へ下ろす。ユリは車の人に見つからぬやうに、這ふやうにして、闇へ。スミの方を向いて伏し拝みながら。
列車は発車する。
○客車内。
やつと発車したので、喜んでゐる楽土達。
(楽曲の流れを此処でミートさせる)
お若がキヨトキヨトして、スミの行方を捜してゐる。
楽士達の楽隊が止む。
土方もスミの居なくなつたのに気附いて、
「あの娘さんは、どうしたのかね?」
お若「へえ……私もさう思つて――」不安になつて立ちかける。
旅商人「なあに、便所だよ。ヘツヘヘヘ!」
○第二番の車掌室では、
下着一枚のスミが、洋服を着ようとして苦労してゐる。長いストツキングを引つぱつて見たり。恐ろしく短いスカート。――引廻しマントが有るので、からうじて外見だけはごまかせる。
それを覗いてゐる豚達の鼻づら。
外は暗い。
洋服を上手に着ることは諦めて、車掌室の隅に、小さくなり、心細くうづくまるスミ。
列車の進行。
スミがウトウトしてゐる。
不意に停車する列車。
動揺のためにハツと我に返るスミ。
「どうしたんだ?」「どうした?」と客車の方で騒いでゐる声々。
後部の豚に似た顔の車掌が、スミの箱の前をサツと駆け抜けて行く。
驚ろいて、首だけ出してスミが前方を見る。
カツと明るいのは、少し離れた前方の線路の傍に旺んな焚火が燃えてゐる上に、カンテラの光と、列車のヘツドライトが丁度その辺を照し出してゐるためである。一人の保線工夫(丁度見廻りに来て、線路の故障を発見して警報のために焚火をするのと同時に、故障をなほしにかかつてゐた者)が、此方に向つて両手を振り、怒鳴つてゐる。小さい崖くづれが起きて、線路上にかなり大きな岩が二三個、転がり落ちて来てゐるのである。
列車の運転士をはじめ、火夫、車掌等その方へ走つて行く。乗客連も次々に降りて、ゾロゾロ見に行く。
「今夜あ、悪いことに一人で出て来ましてねえ、此処まで来ると、これだらう! しまつたと思つて、保線課へ通知しようと思つても、此の辺、電話あ無しさ。弱つてね。いいあんべえに、金テコと鶴ハシはかついで来てゐるんで、小さい奴二つ三つはどけちやつたが、あとはどうにも重くつて手に負えねんだ。なあに、線路は大して痛んでゐねえから、どけさえすれば、車あ通れねえ事あ無えが、なんしても大き過ぎらあ」
運転士「とにかく、君、次の駅まで走つてくれ」
走り去る車掌。
直ぐには修復出来さうも無い。乗客達ボヤく。「おやおや。こんな所で立往生か!」等々々々。
刑事「困つたなあ。(運転士と工夫に)とにかく、どけるやうに、やつて見てくれないか」
「えゝ、しかしこれだけ大きいんですから」
刑事「ちよつ、しようがねえな、全く……」
「済みません。一つやつて見ませう」云々。
工夫と乗務員達が、金テコを岩の下に差しこみにかかる。
大ボヤキにボヤいてゐる金持の紳士。
運転士が乗客達にあやまり、とにかく、車室に戻つて待つてゐてくれと頼む。
愚痴タラタラで車の方へ歩き出す乗客達。
先頭に進んでゐた楽士の一人が、
「おやつ!」と言つて車の方をすかして見る。
それは車掌室から、様子をうかゞひに這ひ出して、そこでウロウロしつつ此方の方を見てゐるスミの姿である。
楽士「おい、あれは――?」
他の楽士「あゝ、ユリぢや無いかな?」
楽士達バラバラと走つて近寄る。スミ逃げ出す。
列車をめぐつてにげ廻るスミ。
崖くづれを取りのける仕事に加勢しようともしないで、ノソノソ列車の方に戻つて来た土方に逃げて来たスミがぶつゝかる。
土方はスミを認めて「あゝ、あんた。どうしたんだ?」
追つて来た楽士達が迫つて、やにわにスミを掴み、
「ユリ、貴様あ、よくも!」「さあ、もう逃しはしないぞ!」等々言ひながら、こづき廻す。しかし楽士達も直ぐに人が違つてゐることを発見する。身装はユリであるのに人はまるきり違つてゐるので、どう考へてよいか解らず、面喰つてゐるのである。
わけがわからず、スミと楽士達を見較べて黙つてヂロヂロ見てゐる土方。
楽士達がスミに、どうしてユリの洋服を着てゐるのかと問ふ。スミそれに答へようとして、しかし答へると事情がわかつて再びユリが危くなることに思ひ至り、口ごもり、返事をせぬ。楽士達、詰問する。そして土方に「――いえね、私等あ、昨日までC町で打つてゐた曲馬団の者なんですけどね、十七になるダンサーが一人ずらかつたんですよ。私等あそれを捜すのを言ひつかつて、昨日以来どれだけ骨を折つたか、わからねえんだ。そのユリと言ふ奴の洋服を此の人が着てゐるんで――」
土方「なんだか知らねえが、此の人なら怪しい者ぢや無え。ズーツと俺も道連れをして来た……」
スミ「おスミ……」
土方「おスミさん――だ」
楽士「しかし、ユリの洋服を着てるんだから、係り合ひが無えとは言はせねえ。とにかくE市までは一緒に行つて貰ひたいね。警察へ行きや、話して貰へようからね」
哀願するやうに土方を見るスミ。
土方は、「警察」と言つた相手の顔をヂロヂロ見てゐるだけでだまつてゐる。
楽士「いいね? 又にげ出しちや、困るよ」
スミ「へえ……」
○崖くづれを取りのける工事をやつてゐる一群の方から、烈しい男の悲鳴が聞えて来る。振返ると、その辺、立騒いでゐる人影(乗務員、刑事、青年、お若、その他)。
楽士連「あ、どうしたんだ?」
楽士達の中の三四人はバラバラとそちらへ走つて行く。
列車に戻つてゐた乗客連も再び現場へ走つて行く。
楽士の一人は、スミを見張つてゐなければ再びにげ出しでもされるかと思つて、モヂモヂしてゐるが、現場の方の悲鳴は益々烈しくなるので、二人を振返りながら、現場の方へ走り出す。
土方「――おスミさん。――全体どうしたんだ?」
スミ「へえ――そのユリと言ふ人、おら、着物ばやつてにがしてやつたのです」
土方「……ぢや、知り合ひなのかい?」
スミ「いんね。この前の停車場んとこで、コロの箱の方さ行つて見たら、そん人、車賃なくて只乗りしてゐた。可哀そうだで、着物着がへて、銭やつて、そいで、あとの軽便乗るやうにつて、降ろして――」
土方「さうか――」スミの顔を見てゐる。
○現場の人々の騒ぎは止まらぬ。
土方、そちらへ行く。
スミもそれについて行く。
人々の間から覗くと、岩を早くのけようと焦つたために、少しゆらいだ岩に足の先を食はれて倒れて唸り声を立ててゐる保線工夫。
それを囲んで人々の狼狽。
乗務員や乗客の中の二三の男(――楽士)や刑事などが、その岩を反対側に動かさうとして岩に取りついて力を入れてゐるが岩は動かぬ。
保線工夫「うーん。向う側の足の下のバラスの所ば掘つてくれ、さうすれば抜けるんだ! うーむ」
運転士はやつきとなつて、鶴ハシを取つて、工夫の足の横を掘りはじめる。
「そこだつ!」「もう少しだ!」等々々。
全員の動き――。(カメラ)
工夫の足が岩の下から抜ける。――トツサに飛び退く工夫。トタンに、下部を掘られたために岩を掘つてゐた人の方へ向つてグラリと動く。岩を押してゐた人々が飛び退く。
見てゐる人達(特にお若)の叫び声。
鶴ハシを打込んだ時に、岩がゆらいだために、退きそこなつた火夫が、その先を岩の下にグツと噛まれた鶴ハシの柄を肩にピツタリと附けて、全身の力で以て倒されまいと懸命になつてゐる。捨てて置けば力尽きて、倒れ、つぶされさうである。
全員の動揺。
捕縄のままの信太郎が何を考へる暇もなく、飛込んで行かうとした瞬間、
「どけつ! 危い!」それを突除けてモヂリ外套をかなぐり捨て乍ら飛び出した男がある。むつつり傍へ立つてゐた土方である。
スミ「あつ! あつ! 助けてつ! 助けてつ!」
短い緊張した間。――
パツパツとその辺を見て、やはり側に転がつてゐる手頃の岩を抱へて、鶴ハシの直ぐ側の岩の下に噛ませる。同時に
「テコだつ!」
二三人が転がつてゐる金テ
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