コを持上げて、土方に渡す。
 土方が、それを、大岩と小岩の間にグワツと突込んだのが瞬間である。いきなり中腰になり、金テコの末端を肩に当てて、ウムツ! と力を入れる。
 全てが一瞬間の出来事である。
 いつ傷ついたのか、レールをガツシリと掴んでゐる右手から、血がタラタラと垂れてゐる。
 全身の力で、重みをこらへながら、左手を火夫の方へ振り、
 「退いた! 退くんだつ!」

 息づまる瞬間。――
 緊張のあまりシーンとなつてしまつた人々の中から三四人の男達が、やつと、金テコに取り附く。起き直つた信太郎もその中に加つてゐる。はら/\するお若。

 土方「いいかつ! そら、ひのふのみつ[#「ひのふのみつ」に傍点]!」
 その掛声と共に、今度はテコ応用で六七人の男の力が加はる。岩がグラリと傾き、勢ひが附いて転がる。
 線路の外へ出る。
 全員の無言の喚声。――緊張は直ぐには取れず、全員は呆然としたやうに顔を見合せてゐるのである。
 不意に泣き声がするのを見ると、――スミである。
 わきに立つたお若も啜りあげてゐる、信太郎も涙を浮べて笑つてゐる。火夫と工夫とが、土方に礼をする。それらを見廻しながら
前へ 次へ
全50ページ中41ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング