後の車――第三番目の後尾の車掌室(非常に狭い場所)の所に、デクデク肥え、鼻が上を向いた車掌が腰かけて、非常に小さな眼を眠さうに開けたままウツラウツラとしてゐたのが、ヒヨイと眼を開ける。が再び眠りこけてしまふ。その顔が豚に実によく似てゐるのである。

 前部――客車の方へ戻りかけるスミ。

○戻りかかつて、第二番目の箱の車掌室の前を通りかかり、ヒヨイと覗いたトタンに、その奥でムクムクと動いた黒いものがある。これも豚かと思つてよく見ると人間らしい。勿論車掌ではない。

 スミの方を見た顔は、夕方待合室の表でぶつつかつた少女――サーカスのダンサーのユリである。
 無賃乗車をしてゐたのである。

 スミ驚ろいて、どうしたのかと問ふ。
 ユリ「どうか、どうか、此の客車の人達には黙つてゐて下さい」哀願する。
 スミ「あゝ、あんたは、昼間、待合のとこで会うた人だね。どうしたんです。こんな所に?」
 スミとユリの対話。
 東京迄逃げて行くのだが、金を持つてゐないユリ。悲しいユリの切迫した境遇。
 (たつた一人の兄が東京で急病になり、危篤の通知を受けたけれども自分は曲馬団に雇はれてゐる身故、東京へ行かし
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