走つて来る彦之丞。

 馭者「さあ、彦さ、乗つた乗つた! 出るぞ」

 彦之丞、スミに豚代金廿円余を渡す。豚の値が下つたのを悲しみ憤慨しながら。且、仲買人には前に借金が有つたのを差し引かれたために金が少くなつてしまつたことを嘆きながら。――「あんにしても、貧乏百姓が一番つまらねえて! カスを掴むはいつでも百姓だ。孫子の代迄百姓なんぞさせるもんで無えつ!」

 馭者が怒つて怒鳴る。それでも彦之丞がスミに向つて道中の注意や一六によろしくだの何のとグズついてゐるので、馭者、彦之丞の襟がみを掴んで馬車の上に引つぱりあげてしまふ。
 窓から乗り出した酔つた父と、スミの別れ。

 馬車、動き出す。
 窓から区長の手がヌツと出て、竹の皮包みをスミに握らせる。「さあ、これやるだから、汽車ん中で食べな、御馳走だ」ゲー、ゲー、と言ふ声。

 彦之丞「身体を大事にするだぞーつ! しよつちゆう便りを呉れるだぞーつ! 途中気を附けなよつ!」云々と窓から突出した腕を振つて酔つた声で呼ぶ父を乗せて、馬車は町通りを元来た方へ。
 それを見送つてスミの打振る手には竹の皮包みがブラブラしてゐる。馬車が町の彼方に消える。ス
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