けてくれつ!」
○やつと豚の波の中から飛出す。そこは村はづれ。――一軒の家の表にたどり着く。汗をぬぐひながら、表札を見る。
「鈴村彦之丞」
しかし表戸はビツシリ締切つてある。開けようとしても開かないので、ドンドン叩く。
「鈴村さん、電報!」
戸が内からガラツと開けられる。配達夫、はづみを喰つて、転げ込む。戸を開けた十五六歳の少年も、ぶつつけられて転びかける。トタンにいきなり、とんでもない大きな声。
「たかさごやあ……この」(変な謡曲)。
○貧農の家の内部。
間の襖を取り払つた奥の六畳の室の床の間を背にして坐つた鈴村彦之丞(五十前後)がヤツキとなつてドーマ声をふりしぼつてゐる。ゴリゴリの紋付袴姿。酔つてゐる。その傍にかしこまつてゐる楠一六とスミ。
三々九度が済んだばかりで、二人ともボーツと上気してゐる。特に花嫁の眼は涙にかすんで、器量一杯に声を振りしぼつてゐる父親の顔がボヤけて見えるのである。
近所の小母さんが花婿に酌をしてゐる。花婿は昂奮してゐるので盃がふるえて、酒がこぼれる。こぼれた酒を、もつたいながつて指に付けて舐めてしまふ小母さん。
「この……この……たかさごやあ
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