行きつつある放火犯容疑者なのだが、画の上では、かなり経つまで全然それがわかつてはいけない。唯、何となく変つた調子の客と言ふ位の印象で)

 馬車は再びC町の方へ向ふ。

 青年が、悲しさうな眼をあげて、車の後部の窓から離れて行く自分の村の方を見ようとして……思はずハツとする。一瞬嬉しさうな顔色。が直ぐに又悲しさうな複雑な表情。カメラが後部の窓を覗くと――かなり離れた路上を小走りに追つて来る若い女の姿。
 あわてて家を飛出して来たと見える身装、フロシキ包みをわきに抱え、左手で乱れかかる頭髪を直しながら真剣な眼で馬車を見詰めたまま走る。
 青年がそればかりを見詰めてゐるので、中年男もその視線を追つて、これを見る。
 青年「あのう……」中年男の方に向ける哀願するやうな眼ざし。
「うん?」
「チヨツト、馬車を停めていただいて――」
「なんだ?」
「あと一ヶ月したら、私が一緒に世帯を持つ事になつてゐた者で――」
 黙つて女を見てゐる中年男。――やがて馭者に「おい、チヨイと停めてくれ」
 馬車停る。
 追ひすがり近づく女。車上の青年と女が黙つて見かはす顔。女の眼にグツと涙がこみ上げて来るが、拭かう
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