ハハ。ようし、こんだ一杯買うぞツ。さあ殿様、乗つたり!」
押し乗せられる一六。窓から上半身を出してスミに耳打ちをする。スミかぶりを振る。やがてコツクリをするスミ。それを見ながら彦之丞「スミの事、可愛がつてくれよつ、一六! 俺らお前を信用しちよるぞ、一六! スミは物知らずぢやが、気立てだけは無類の子ぢや。正直マツトウで腹の中の綺麗なことだけは天下一ぢや。頼んだぞつ! 言ふ事聞かねえ時あ撲つてくれ、貧乏の苦労だつていくらでもさせてえゝ、たゞ可愛がつてくれろやつ! なあつ!」言ひながらボロボロ泣いてゐる彦之丞。
一六閉口して「大丈夫だよ、小父さん、大丈夫だよ」
「アハハハ、よしよし、仲あ良えぞつ! 仲あ良えぞつ!」
羞しがりながら父を睨むスミ。
○馬車が動き出す。(音楽)
彦之丞、おどり上つて見送る。「バンザーイ!」
笑つて見送るスミの眼に涙があふれる。
車窓で帽子を打振る一六。
遠ざかり行く馬車。
スミの頭に※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]したカンザシの桃の花が揺れる。
○翌日。
花嫁の出発。
父親も子豚十五頭を連れて一緒に行く(娘を途中――C町――まで送りがてら、其処で豚の仲買人に豚を売つてその代金を娘に持たせてやるため)。
(順路)
村(A)から乗合馬車の通る峠(B)迄は徒歩。
そこから軽便鉄道の起点になつてゐる町(C)迄は馬車、(C)町から東北本線の(D)駅迄は軽便、(D)駅から上野行きの列車に乗る。
乗り合ひ馬車の通る峠B迄は勿論徒歩。父とスミと弟と小母さん。それから、つながれて追ひ立てられて行く豚達。四人Bの峠の立場茶屋に着く。今日はまだ馬車が来てゐない。
待つてゐる間に、スミは、自分の為に売られて行く豚達を憐れがつて「可哀さうに、売らぬ訳には行かねえか、お父う? そんな金、おら、なくともいいだけど……」
「まあいい、しまひにはどうせ売るものぢや。そりや売らなくても金さへ有ればだけんど、知つての通りの貧乏ぢやい」
弟「おらも行きてえなあ」
「馬鹿あこけ! お前が行つてなんになるだ?」
「んぢや、軽便迄でいいから連れてつてけれ」
「いけねえ。馬車賃かさんで、おいねえ。それよりも帰りにお土産持つて来てやるで、お前は留守番をしてゐてくれ。なあ、隣りのお母ア」
小母「それがえゝ、わしと一緒に留守番しべえよ」
スミ「おらも東京さ着いたら、一六さに良い物買つて貰つて送つてやつからな。いいな!」
云々。
荒い竹籠にギユーギユー入れられる豚達。隙が有れば忽ち走り出さうとするので、詰めるのが一仕事だ。――滑稽な騒ぎ。一匹だけはどうしても詰めきれぬので、それはスミが抱いて行く事にする。
○馬車が来る。今日は既に一人先客が有る。馭者「はあ、いよいよ花嫁ごのお立ちかあ!」等々。
馬車の屋根に載せられて、しばり付けられる豚の籠。
彦「頼んだぞう!」
馭「花嫁ごとコロとは、えらい珍な取り合せだのう! えゝか、出るぞう! 落ちねえように縛つときなよ!」
等々。
スミと弟及び小母さんとの別れ。
弟と子豚との別れ。
馬車が動き出す。暫く追ひすがつて来る弟もやがて取残されて、小さくなり、呼びかけながら見送る弟。
○馬車の道中(Cまで)(音楽伴奏)
豚の充満した籠を屋根に載せた滑稽極まる格好の馬車の進行。
馭者の襟足の辺に、籠の目から首を突出した豚の鼻が時々さはるので、馭者はひどく気にしてゐる。しまひに、頭を振り帽子を脱いだ馭者の頭が禿頭。その禿頭を又豚が舐めにかかるので悪戦苦闘する馭者。
先客は、隣村からCまで行く区長さん。――一升ビンとチヨコを持つてグビグビ飲んでゐる。既にいい機嫌である。スミと彦之丞と区長――以上三人の客。
区長は彦之丞と顔見知りなので、盃を差し、互ひに話し合ふ。
(ダイアローグはコンテイの時書く)
彦之丞、自分の旅行の目的を語る。
祝意を述べる区長。
彦「区長さんは、どちらまで?」
区長返事して、今日はC町の農業補習校で「農村代用食研究試食会」があるので、それに出席するためだと話す。「東京から偉い博士が来て、C町の婦人会の奥さん達が総出で、いろんな食物拵へちや、私等が食はされる側だけど、これが痛しかゆしでなあ。此の前の時はあまり変な物食はされて、帰つてから早速えれえ下痢をやらかして一週間寝込んだて。今日は当てられないやうに前以て酒飲んで行くさ。なんしろ、こんな不作では、百姓の食物が一つでも余計に出来ると言ふ事は結構な話だからのう……」
兇作の話。
農村の窮乏に関する一二の示唆。
C町の近くの村で起つた地主邸放火未遂事件の噂。区長「なんでもそこの持田を小作してゐる若い小作人がやつたと言ふ話だが、世間
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