がこんな不景気になつて来れば、人間の気持もあらくなつて来るわけだな――」云々。
彦「しかし世間一般が不景気だとばかり言へめえ。C町あたりでは、いくらか景気が出て来たと言ふではねえかね? あんでも、C町の市場辺では此の前の牛市からこつち、曲馬団や見せ物が掛つたりして、まるでお祭りみてえな騒ぎだと言ふ」
「あゝに、つまる所どこもかしこも不景気で、しよう事なしに、こんな所まで曲馬やなんぞが入り込んで来るのさ」
「今日ばかりは酔ふと困るから」と酒を控へるように父に頼むスミ。
「大丈夫々々々」と言ひながら、差されるまゝに飲む父親。
酔つて歌ひ出す区長。「相馬二遍返し」
その歌に感動して、屋根の上でギイギイギイと鳴きしきる豚達。
○右の経過と同時に、移り行く車窓外の風景。山村、遠くの山々、近くの小山や森、街道添ひの家々、等々。
次第にC町に近づいて行くらしい。
沿道。それまでは一人も客は無かつたのが、此のあたりで前方の道角に立つて馬車に向つて手を上げてゐる中年の男。すぐそばに、一人の青年が立つてゐる。
馬車停り、二人の客を乗せる。(この一人は刑事で、もう一人の青年は引かれて行きつつある放火犯容疑者なのだが、画の上では、かなり経つまで全然それがわかつてはいけない。唯、何となく変つた調子の客と言ふ位の印象で)
馬車は再びC町の方へ向ふ。
青年が、悲しさうな眼をあげて、車の後部の窓から離れて行く自分の村の方を見ようとして……思はずハツとする。一瞬嬉しさうな顔色。が直ぐに又悲しさうな複雑な表情。カメラが後部の窓を覗くと――かなり離れた路上を小走りに追つて来る若い女の姿。
あわてて家を飛出して来たと見える身装、フロシキ包みをわきに抱え、左手で乱れかかる頭髪を直しながら真剣な眼で馬車を見詰めたまま走る。
青年がそればかりを見詰めてゐるので、中年男もその視線を追つて、これを見る。
青年「あのう……」中年男の方に向ける哀願するやうな眼ざし。
「うん?」
「チヨツト、馬車を停めていただいて――」
「なんだ?」
「あと一ヶ月したら、私が一緒に世帯を持つ事になつてゐた者で――」
黙つて女を見てゐる中年男。――やがて馭者に「おい、チヨイと停めてくれ」
馬車停る。
追ひすがり近づく女。車上の青年と女が黙つて見かはす顔。女の眼にグツと涙がこみ上げて来るが、拭かうとはせぬ。「信太郎さ……」
中年男「……ついて来ても仕方がない。どうするんだね?」
女「……へい? 心配ですから……」
モヂモヂと車窓から離れる。
馭者「乗らねえのかね?」
女「へい、……銭が少し足りねえから」
これらを見てゐる彦之丞とスミ。特にスミは女をマヂマヂと見詰めてゐる。
青年「お若、村へ戻つて待つててくれ……」
○馬車は又走り出す。
若い女も再び車の後を追ふ。車の立てる白いホコリをかぶりながらトツトツトツと走る。一度何かに蹴つまづいて倒れさうにするが再び走つて追つて来る。
それに気をとられて見てゐるスミの手からのがれた子豚が腰掛けの上を歩いて行き、そこに既に酔つて延びてウツラウツラとしてゐる区長の鼻づらを舐めてゐる。
青年の腰の辺にチラリと見えた捕繩を眼にして「ふーむ」と言つて二人を見、トツトと走つて来る若い女を見くらべてゐる彦之丞。
○C町の入口が見えはじめる。
馬車は進む。
もうかなり後ろから、懸命に追ひ付かうと走つて来るお若。豚に舐められた区長が、大きなクシヤミをして起き上る。
○馬車が停る。
馭者の声「区長さん! 補習学校に行くんなら此処で降りるんでは無えのかあ? 鈴村の彦さも此処からの方が早えよつ!」
見ると其処は町に入つて直ぐの三つ角になつてゐる。
区長「おゝさうだ。んぢや直ぐだから帰りも頼んだぞ。村まで歩いて帰るんぢやおいねえからの、少し遅れても待つててくれよ」降りる。
馭者「ようがす。軽便の待合の前に待つてるだから、大丈夫だあ。あんたも、又酒くらつておそくなつちまねえように来てくれるだぞ!」
彦之丞、車を降り、豚をおろしつつ「あゝに、今日は飲むもんかよ。ぢやスミ、(スミの小豚を取りつつ)俺直きにすまして軽便さ行ぐからの、お前先きに行つて待つて居な。賃金は後で俺が一緒に払ふ。馬造公、頼んだぞ。(チラリチラリとお若の方を見ながら)……可哀さうにのう……」――豚を籠から出しにかかつてゐる。
区長、彦之丞に「ぢや帰りは又一緒になるべえ」とポクポク歩き出す。
二人と豚達を残して馬車は区長とは別の道を曲つて町に入つて行く。
お若もそれについて行く。
○馬車がC町の、軽便鉄道の起点の駅に着き、その小さい待合室の前に停る。
スミ、馬車を降りて待合の方へ。
中年男は自分と信太郎二人分の乗車賃を払つて
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