降りる。
歩いて来たお若も最後から待合室の方へ。
酒でも飲みに行くのか、他へ行つてしまふ馭者。
○待合室。
スミ入つて行く。
板張りの腰掛けの隅にモヂリを頭から被つて寝てゐる土方風の男。
少し離れて旅商人(呉服・小間物)が掛けて、腰掛一杯に背負荷を拡げて包み直してゐる。鼻歌を唄ひながら。スミとお若の姿を見て、フロシキを片附けながらキサクに、
「さあさあ掛けなさい」
スミ掛ける。お若は立つたまま他の事に気を取られてゐる。
旅商人「悪い時に来たものさ。丁度今出たばかりで、次のは一時間半も待たなきやならねえ。これだから、私あこんなガタガタの軽便なんて嫌ひさ、アハハハハ。一時間半とは、間が有り過ぎらあ。いや、ブマな時あ、何もかもブマさ。おとついから三日、足をスリコギにして駆けずり廻つても、一反も売れねえ。たまに売れるかと思やあ、木綿針か羽織のヒモ位のもんだ。以前はこんな所ぢや無かつたが、いや近来此の辺の村も、酷いことになつて来たものさ。要するに、金が無いんですね。アハハハ。なんでも放火があつたつてえが、いや、こんな事になつて来ると、火もつけたくなるさ」――ベラベラ喋りながらお若のそぶりの変なのを見てゐる。スミ、お若の見詰めてゐる方を見ると、駅長室らしい所に刑事と青年が居るのが硝子戸越しに見える。刑事は駅長と何か話してゐる。信太郎は椅子にかけてうなだれてゐる。
スミ「……あんた、掛けねえの?」
言はれて、お若、スミの傍に掛ける。
旅商人「なんですい?」
うつむいてしまふお若。
お若と駅長室の二人とをキヨロキヨロ見くらべてゐる旅商人。――やがてハハーンと言つた顔をして、お若を見詰める。
旅客が一人入つて来る。
それをキツカケにして旅商人、気を変へて、
スミに「あんたあ、どこの村かね?」
スミ「へえ……」
旅商人「こんな歌知つてゐるかね? へへ……」少しいかがわしい流行歌を唄ふ。
歌の意味がよくわからずニコニコして聞くスミ。
「うるせえな」と寝ながら言ひ放つ土方風の男。
旅商人びつくりして歌をやめる。そちらを睨んでしばらく黙つてゐたが、スミに馴々しく話しかける。
「あんた、どこへ行くの?」
スミ「あのう、東京へ……」
「東京? へえ。それは遠くへ、まあ。そいで東京へは、なんしにね?」
スミ「あのう……」赤くなつて返事出来ぬ。
「一人でかね……あちらに親戚でも有るのかね?」
スミ「へえ。……いいえ……」益々ドギマギする。
旅商人「すると、御一緒かね?」と言つてお若を見やる。と、お若は腰掛けに置いた包みの上に突伏してゐる。
スミ見てゐてから「あんた気分でも悪いのかね?」と肩に手を置く。
お若ハツと起き直る。しかし顔を差し覗いてゐるのが親切さうなスミであるのを知つて、悲しげに微笑む。「……」
「気分でも良く無えの?」
「いいえ、あんでも無い。ありがたう」
二人の若い娘の間にかもし出されるシミジミとした同情と感謝の気分。
旅商人「あすこに連れられて行くのは、もしかすると、C村の放火をしたと言ふ犯人では無えかな?」
その言葉で、先づお若が、次にスミが旅商人を見詰める。
しばらくして、寝てゐた土方がノツソリ起きて、旅商人を見る。冷酷な獣の様な眼である。
旅商人「いえさ、あれがよ」
スミ、駅長室を見る。土方もその方を見る。――ヂツと見詰めてゐる。
お若は旅商人を見てゐる――「いいえ、違ひます。信太郎さんは、そんな大それた事をする人ではありません!」
その声に、駅長室を見詰めてゐた土方がお若を見る。
穴の開くほど見詰めてゐる。
待合室の大時計が秒を刻む音。
待合室の表に人力車が二台ばかり着いて人が降りるらしい物音や人声。やがて裕福らしい紳士が、第二号夫人と言つた様子の女を連れて待合に入つて来る。「直ぐに出る車が有るかな? えゝと……」待合室の中が少しゴタゴタして賑かになる。
○スミ、父親の事を思ひ出し、外に出て行きかけるが席に荷物を置いてあることを思ひ出して引返し、どうしようかと困つた顔。
それを見てお若「あの、御用ならば、わしが待つて居てあげますから……」
スミ「ぢやチヨツクラ頼みます」
スミ表へ小走りに出て行く。――出入口の角を急いで曲らうとしたトタンに、それまで其処の壁にピツタリ身を附けて待合室の内部を窺つてでもゐたらしい人に、ぶつつかる。
スミ「あゝ、ごめんなせ!」
見ると、短いケープを着た、変な、あまり清潔で無い洋装の極く小柄な少女(ユリ)である。少女はスミからぶつゝかられて、怒つてとがめでもすることか、いゝえ……と小さい声で言つて、オドオドした眼でニツと笑つて、段々尻ごみをして退り、待合の外の壁に添つて柵の方へ。
スミ「チツとも知らなかつ
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