に懇意な男がゐるから、いつそ、私と一緒に其処に行つたらどうだね? あんた位の器量なら直ぐに置いてくれるよ。料理屋などと違つてチツプチツプで稼ぎは大きいしさ。私にまかせなさいよ。今夜はどうせ遅くなるから、Dに泊つてさ。私が連れて行つてあげるから――」云々とひどく乗り出して来る。
 土方「……とんだ男気のある仁も有るもんだ、アハハハ。だつてお前さん、あの人が火附けなどをする筈は無いと言つてたぢや無いか? んぢや、直ぐに調べが附いて放免になる筈だ。そんな大袈裟な事をすることも無いやね」
 お若「それはさうですけど、信太さんには前申したやうに真犯人と疑はれても動きの取れない事情が有るもんだで……いづれ急には、どうと言つて――」

 旅商人「さうだなあ。そいだけ口が揃つてゐるんぢやなあ」
 土方(お若に)「ふん。警察にしろ裁判所にしろ、あき盲ばかり居る訳でもあるめえ。本当に犯さねえ罪なら、やがては身は晴れるだらうさ。そんな事よりも、本当に怖えのは、親切さうに持ち込んで……ヘツヘヘヘ」
 旅商人「……おい君!」とからみかける。「君あ、なにか……」
 返事をしないでヂロリと見る土方。二人の睨み合ひになつて、白ける。
 スミはお若に同情して、父から貰つた金の中からその半分ばかりをやる。辞退するお若。それをキヨロキヨロ見る旅商人。――結局お若、心から感謝して金を受取る。

○退屈しきつて、楽器を引つぱり出してブーツと鳴らすサーカス楽士。他の楽士が欠伸しながら、「畜生、ユリの奴、逃げ出したりするもんだから、こんな不景気な目に合つて俺達が糞を掴むんだ。見附けたら只は置かねえから」等々々と喋つてゐる。
 連れの女に酌をさせてウイスキーを飲んでゐる金持紳士。

 汚い車室内に現出されてゐる小さい人生の姿。――

 しびれを切らして立上つて、通路をゴトゴトと一人ダンスみたいな事をする楽士。――靴が何か踏んづけたと見えて、下を見ると、スミが区長から貰つた竹の皮包みが床に落ちてゐる。「こいつあ、いけねえ」と楽士それを開けて見ると、カンピヨーとオカラの煮たのと、えたいの知れぬ草の煮たものがコテコテと入つてゐる。楽士、変な顔をして眼を近づけて見る。
 スミ(ヒヨイと見て)「あら、それ、おらのだ」

 楽士「あんたのですかい?」
 スミそれを取る。
 楽士「それ、なんです?」
 スミ「御馳走だ。区長さま下すつたで――」
 楽士「へーい。あんたあ、オカラと草を食ふのか? まるで兎みたいな人だなあ!」
 その辺の乗客がゲラゲラ笑ふ。
 まつ赤になり、困つて、デツキの方へ行くスミ。そこで竹の皮包みの中味を見てビツクリし、次にどうしたものかと弱つてゐる。ゲーゲーと言つてゐた区長を思ひ出してゐる。
 車が停車する。小さな駅。
 車掌――「十分間停車」言ひながら外を歩いてゐる。
 方々で欠伸の声。ボヤク声。小便に降りて行く乗客も居る。暗い外景。
 スミ、竹の皮包みのやり場に困つて、捨てようとして、首を出して見ると、客車の窓から肩を出して外を眺めてゐる乗客の姿。間が悪くなり、デツキから降りて、列車の後部の方へ歩いて行き、捨てようとする。

 豚の鳴声。
 スミが振返ると、後部の二輌の箱の板張りの間に、外に向つてズラリと並んでゐる豚の鼻ヅラの列。
 スミ、急になつかしい様な気持になり、近附いて内部を覗く。――自分のために売られた子豚達もしまひにはこんな目に会ふのだと思ひ、少し悲しくなりながら更に後部の方へ歩いて行く。
 竹の皮包みを貨車の中の豚にポイとはうり込む。そしてヒヨイと目を上げると、列車の最後の車――第三番目の後尾の車掌室(非常に狭い場所)の所に、デクデク肥え、鼻が上を向いた車掌が腰かけて、非常に小さな眼を眠さうに開けたままウツラウツラとしてゐたのが、ヒヨイと眼を開ける。が再び眠りこけてしまふ。その顔が豚に実によく似てゐるのである。

 前部――客車の方へ戻りかけるスミ。

○戻りかかつて、第二番目の箱の車掌室の前を通りかかり、ヒヨイと覗いたトタンに、その奥でムクムクと動いた黒いものがある。これも豚かと思つてよく見ると人間らしい。勿論車掌ではない。

 スミの方を見た顔は、夕方待合室の表でぶつつかつた少女――サーカスのダンサーのユリである。
 無賃乗車をしてゐたのである。

 スミ驚ろいて、どうしたのかと問ふ。
 ユリ「どうか、どうか、此の客車の人達には黙つてゐて下さい」哀願する。
 スミ「あゝ、あんたは、昼間、待合のとこで会うた人だね。どうしたんです。こんな所に?」
 スミとユリの対話。
 東京迄逃げて行くのだが、金を持つてゐないユリ。悲しいユリの切迫した境遇。
 (たつた一人の兄が東京で急病になり、危篤の通知を受けたけれども自分は曲馬団に雇はれてゐる身故、東京へ行かし
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