てくれと頼んでみたけれど、どうしても許してくれないので、心ならずも逃げ出して東京へ向つてゐる)
スミ、同情して自分まで泣き出す。
スミ、再び金をやる。これで父親から持たされた豚代金はおしまひになる。ユリは、初め辞退するが、やがて感謝してそれを貰ふ。
スミ「そいで、どんな風にして東京まで行くだ?」
ユリ「この車で終点まで行き、いたゞいたお金で行ける所まで行つて、後は又なんとかして――」
汽罐車の方でシユーツ、シユーツとエキゾーストを吹き出す響。
それに元気を得た楽士達が一言二言喚声を上げて、二三の楽器で楽隊(「美しき天然」か何か)を奏し出した音。
スミとユリびつくりしてゐる。
やがてそれと悟り、ユリが青くなる。
スミ「あゝ! 曲馬とやらの人が四五人乗つてる。あ、さうだ、あの人達、あんたの事話してゐたつけ、思ひ出した! あんでも、あんたを掴めえるために居残りさせられてゐたつう[#「つう」に傍点]人達だ。このまま、これに乗つて行けば、いづれは見つかつてしまふ。どうしたらよかべ? どうすんの?」
困つてウロウロするユリ。窓からヂツと前部の方を覗いたりする。スミもうろたへる。
スミは早く此処を降りて、二つ三つ後に通る汽車で逃げろと言ふ。しかし、ユリの身装を見ると異様なダンサー姿である。このままで行けば、又直ぐ見つかつてしまふだらう。発車は迫つてゐるし、スミは仕方なく、ユリの洋服を脱がせ、自分の着物をスツカリ脱いでユリに着せる。
発車の汽笛。
泣いて感謝するユリをせき立てて、外へ下ろす。ユリは車の人に見つからぬやうに、這ふやうにして、闇へ。スミの方を向いて伏し拝みながら。
列車は発車する。
○客車内。
やつと発車したので、喜んでゐる楽土達。
(楽曲の流れを此処でミートさせる)
お若がキヨトキヨトして、スミの行方を捜してゐる。
楽士達の楽隊が止む。
土方もスミの居なくなつたのに気附いて、
「あの娘さんは、どうしたのかね?」
お若「へえ……私もさう思つて――」不安になつて立ちかける。
旅商人「なあに、便所だよ。ヘツヘヘヘ!」
○第二番の車掌室では、
下着一枚のスミが、洋服を着ようとして苦労してゐる。長いストツキングを引つぱつて見たり。恐ろしく短いスカート。――引廻しマントが有るので、からうじて外見だけはごまかせる。
それを覗いてゐる豚達の鼻づら。
外は暗い。
洋服を上手に着ることは諦めて、車掌室の隅に、小さくなり、心細くうづくまるスミ。
列車の進行。
スミがウトウトしてゐる。
不意に停車する列車。
動揺のためにハツと我に返るスミ。
「どうしたんだ?」「どうした?」と客車の方で騒いでゐる声々。
後部の豚に似た顔の車掌が、スミの箱の前をサツと駆け抜けて行く。
驚ろいて、首だけ出してスミが前方を見る。
カツと明るいのは、少し離れた前方の線路の傍に旺んな焚火が燃えてゐる上に、カンテラの光と、列車のヘツドライトが丁度その辺を照し出してゐるためである。一人の保線工夫(丁度見廻りに来て、線路の故障を発見して警報のために焚火をするのと同時に、故障をなほしにかかつてゐた者)が、此方に向つて両手を振り、怒鳴つてゐる。小さい崖くづれが起きて、線路上にかなり大きな岩が二三個、転がり落ちて来てゐるのである。
列車の運転士をはじめ、火夫、車掌等その方へ走つて行く。乗客連も次々に降りて、ゾロゾロ見に行く。
「今夜あ、悪いことに一人で出て来ましてねえ、此処まで来ると、これだらう! しまつたと思つて、保線課へ通知しようと思つても、此の辺、電話あ無しさ。弱つてね。いいあんべえに、金テコと鶴ハシはかついで来てゐるんで、小さい奴二つ三つはどけちやつたが、あとはどうにも重くつて手に負えねんだ。なあに、線路は大して痛んでゐねえから、どけさえすれば、車あ通れねえ事あ無えが、なんしても大き過ぎらあ」
運転士「とにかく、君、次の駅まで走つてくれ」
走り去る車掌。
直ぐには修復出来さうも無い。乗客達ボヤく。「おやおや。こんな所で立往生か!」等々々々。
刑事「困つたなあ。(運転士と工夫に)とにかく、どけるやうに、やつて見てくれないか」
「えゝ、しかしこれだけ大きいんですから」
刑事「ちよつ、しようがねえな、全く……」
「済みません。一つやつて見ませう」云々。
工夫と乗務員達が、金テコを岩の下に差しこみにかかる。
大ボヤキにボヤいてゐる金持の紳士。
運転士が乗客達にあやまり、とにかく、車室に戻つて待つてゐてくれと頼む。
愚痴タラタラで車の方へ歩き出す乗客達。
先頭に進んでゐた楽士の一人が、
「おやつ!」と言つて車の方をすかして見る。
それは車掌室から、様子
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