スミ切符を二枚買つて、お若にやる。
 お若「……すみません。ありがたう」
 スミとお若、改札を出て客車へ。

○軽便鉄道の列車。
 列車と言つても、箱は小さい上に、人間の乗る箱は一番前の一つきりで、後の二つは豚を載せる箱である。だから此の各種の旅客達は、待合室よりも更に狭い旧式な箱の中に全部収容されたわけである。

 スミとお若が入つて行くと、旅商人が「さあさあ、此処が開いてるよ」と言ひ、先づスミの荷物を網棚に載せてくれる。次にお若の包みをも載せてくれる。礼を言ふ二人。
 土方が冷い眼をニヤリとさせて、その様子を見てゐる。
 更に視線を移して、ズツと離れて一番向ふの隅に陣取つた刑事と青年の方をヂロリヂロリと睨む。

 軽便はなかなか発車しない。

 連れの女を相手にボヤいてゐる金持の紳士「これだから嫌やになるんだ。いつそ自動車を雇つて[#「雇つて」は底本では「雇つ 」]D町迄飛ばすんだつたな。夜になつちまつた。これで又、この車が、丹念に一つ一つ停留所に停車して行く奴だよ。Dまで四時間では利かないかも知れん。こんなヘンピに遊びに来るのはもうコリゴリだ。保養が保養にならん」それに相槌を打つてゐる連れの女。
 向ふの隅に坐つた信太郎と、此方のお若は黙つて眼と眼を見詰め合つてゐる。

 発車のベル。

○そこへ駆け付けて来るサーカスの団員(中に楽士も二三人ゐる)一行の五六人。楽器などの荷物を持ち、口々にわめきながら、改札口をドヤドヤ走り入つて来て、車に乗り込む。――ダンサーの一人が逃げ出したことを語り合ひながら。(此の四五人はそのダンサーを捜しかたがた、サーカス団の殿《しんがり》として最後まで残つてゐたらしいが、もう出発しないと次の町の興業に間に合はぬので、一人を捜査役に残して出発するのである)――「なにしろ、ユリもうまい事をやつたもんだよ。お蔭で迷惑を見るのは俺達だ。ユリが見つからねえと、ダンスがやれねえから、捜すのはお前達の責任だぞと来た。団長も人は好いけど、直ぐに責任と来るから、いやんなつちまわあ」――等々と喋る。

 箱の中は急に賑かになる。
 (この間に、短いが、いろいろの風景と会話が点描される)

 発車。
 外はスツカリ夜になつてゐる。箱の中だけが照し出されて明るい。

○心細い速力で走つてゐる客車の内。

 窓外には黒々とした山や森や川等の風景。
 ポツリポツリと寂しく人家の燈火が点綴する。
 時々、列車は停留所(停車場)に停る。走つてゐる時間よりも停つてゐる時間が永い位の停車である。
 単線のためホンの二三ヶ所で一二の乗客が乗つて来るだけ。

 お若がスミに向つてポツリ、ポツリ、と言葉少なに語り出す話。――二人の直ぐ前向ふの席の隅に坐つてゐる土方が怒つた様なムツツリした顔でそれを聞いてゐる。
 ――近くに坐つた旅商人も勿論聞いてゐる。
[#ここから2字下げ]
――(信太郎が地主放火犯人容疑者として引かれて行くやうになつた事情。……青年はかねてその地主の小作をしてゐたこと、地主から借金(滞納小作料)してゐたこと、最近小作料釣上げの問題から地主の方では小作田の取戻しにかゝつてゐて、それに就き信太郎の方から地主宅へ行つて交渉してゐたこと、極く最近に地主が青年をひどく撲り辱かしめた件の有つたこと、放火未遂当夜も宵の口に青年が地主邸へ行つてゐるのを村人から見られて居る事、そのために青年に対して好意を持つてゐる村人からまでスツカリうたがはれてしまつたこと等――。それから自分の境遇(少女の頃、製糸工場に女工に出てゐたが、病気になつて帰村し、貧しい兄の家に寄食して農業や家事を手伝つてゐた)と信太郎との夫婦約束のこと。(話の途中にも列車は一回停車する。話の一番デリケートな部分を停車中にさせるやうにはめ込む)
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
 スミ「そいで、あんた、どうすんの?」
 お若「E市迄ついて行きます。そこで裁判のすむのを待つだ。信太郎さは必らず無罪になります。あの人は火附けなどをする人では無えもの」
 旅商人「待つと言つても、どうして待つてゐるんだね?」
 お若「勤め口を捜します。まさかとなれば身体を金に代へてでも稼ぎます。信太さんには誰一人差入れをしてやる人も弁護士を頼んでやる人も居ないのです。それにあの人の留守の家には病気のお母さんと子供が二人居ります。仕送りをしてやらねえと、かつえて死んでしまふ。それを私がしようと思つて居ります」

 お若の顔を見詰めてゐる土方。

 旅商人「そいつはいま時感心な話だ。なんなら私が勤め口の世話をしてやらうぢやないか。E市には口入屋に知つたのが居るし、もし又間に人を立てるが嫌ならば、二三里離れてはゐるが△△町の銀座会館と言ふ一流のカフエーのコツク
前へ 次へ
全13ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング