どうも御骨折、ありがたう。私はこんな者だが、人命救助として報告したいから――」
土方、愛想も無く相手にならぬ。
車掌が「会社の方へ申告して、御礼をする手続きをしますから、御名前と御所《おところ》を――」と言つて来る。
「礼が欲しくつてやつた事ぢや無いんだ」――なんだか怒りを含んだ声である。
プイと窓の方を向いて相手にならぬ。
○スミが礼を述べる。
スミにだけは返事をする土方。
スミと土方の対話。
「全く馬鹿な話さ。誰だつて、人の世話あ焼かねえ方がいいんだ。死ぬ奴あ、死んだ方がいいんだ。馬鹿な!」云々。何の事だかわからずにビツクリしてゐるスミ。
時々トンチンカンな問ひをするスミを相手にして土方の述懐。
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(ダイアローグはコンテイの際に。此のダイアローグは重要である)
土方の哲学――悪徒のツムジ曲りの人生観――トツサの間に人命を助けたことに就ては、彼は自分自ら、そんな気持が自分の裡に残存してゐたことに就て、ひどく驚き、且、心外に思つてゐるのである。
且、自分の人生観体系が、こんな事で崩壊したのを見るのが、彼にして見れば悲しくもあれば腹も立つ事である。
(地主邸に放火をしても平然として逃げつゝある自分がこんな風にトツサに人間らしい気持から人を救つたことが、彼には自分の敗北の様に意識されるのだ)――
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スミ「……あんの事だか、おらにや、わからねえ」
土方「アハハハ、お前さんにや解らなくていいさ。――(急に真面目に)あの男あ東京に居る頃、千円あまりも俺に借りがあつたんだ。金ばかりぢや無え。世話だつて、どいだけやいてやつたか解らねえ奴だ。ハハ、こう見えても、私あ、元東京で手広く請負稼業をやつてゐた事がある。その頃の話だ。かうして今ぢや落ちぶれてしまつたがね。通りかかつたもんだから、彼奴の事思ひ出して、どうしてゐるかと思つて寄つて見りや、ユスリにでも来たかと思やがつて、十円パツチの包みを出しやがつて追払ひにかかるんだ。高利の金を貸して、人を泣かした揚句が、今ぢや地主か何か知らねえが、へん――あんまり癪に障つたから怒鳴つてやつたら、人を呼んで来て叩き出しにかかるんだ。あんまり、ナメた真似をしやがるから、――なあに、あんな奴あ叩き殺せばとて、世間の功徳にやなつても、
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