ければ再びにげ出しでもされるかと思つて、モヂモヂしてゐるが、現場の方の悲鳴は益々烈しくなるので、二人を振返りながら、現場の方へ走り出す。
 土方「――おスミさん。――全体どうしたんだ?」
 スミ「へえ――そのユリと言ふ人、おら、着物ばやつてにがしてやつたのです」
 土方「……ぢや、知り合ひなのかい?」
 スミ「いんね。この前の停車場んとこで、コロの箱の方さ行つて見たら、そん人、車賃なくて只乗りしてゐた。可哀そうだで、着物着がへて、銭やつて、そいで、あとの軽便乗るやうにつて、降ろして――」
 土方「さうか――」スミの顔を見てゐる。

○現場の人々の騒ぎは止まらぬ。
 土方、そちらへ行く。
 スミもそれについて行く。

 人々の間から覗くと、岩を早くのけようと焦つたために、少しゆらいだ岩に足の先を食はれて倒れて唸り声を立ててゐる保線工夫。
 それを囲んで人々の狼狽。
 乗務員や乗客の中の二三の男(――楽士)や刑事などが、その岩を反対側に動かさうとして岩に取りついて力を入れてゐるが岩は動かぬ。
 保線工夫「うーん。向う側の足の下のバラスの所ば掘つてくれ、さうすれば抜けるんだ! うーむ」
 運転士はやつきとなつて、鶴ハシを取つて、工夫の足の横を掘りはじめる。
 「そこだつ!」「もう少しだ!」等々々。
 全員の動き――。(カメラ)

 工夫の足が岩の下から抜ける。――トツサに飛び退く工夫。トタンに、下部を掘られたために岩を掘つてゐた人の方へ向つてグラリと動く。岩を押してゐた人々が飛び退く。
 見てゐる人達(特にお若)の叫び声。
 鶴ハシを打込んだ時に、岩がゆらいだために、退きそこなつた火夫が、その先を岩の下にグツと噛まれた鶴ハシの柄を肩にピツタリと附けて、全身の力で以て倒されまいと懸命になつてゐる。捨てて置けば力尽きて、倒れ、つぶされさうである。
 全員の動揺。
 捕縄のままの信太郎が何を考へる暇もなく、飛込んで行かうとした瞬間、
 「どけつ! 危い!」それを突除けてモヂリ外套をかなぐり捨て乍ら飛び出した男がある。むつつり傍へ立つてゐた土方である。
 スミ「あつ! あつ! 助けてつ! 助けてつ!」

 短い緊張した間。――

 パツパツとその辺を見て、やはり側に転がつてゐる手頃の岩を抱へて、鶴ハシの直ぐ側の岩の下に噛ませる。同時に
 「テコだつ!」
 二三人が転がつてゐる金テ
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