リポツリと寂しく人家の燈火が点綴する。
時々、列車は停留所(停車場)に停る。走つてゐる時間よりも停つてゐる時間が永い位の停車である。
単線のためホンの二三ヶ所で一二の乗客が乗つて来るだけ。
お若がスミに向つてポツリ、ポツリ、と言葉少なに語り出す話。――二人の直ぐ前向ふの席の隅に坐つてゐる土方が怒つた様なムツツリした顔でそれを聞いてゐる。
――近くに坐つた旅商人も勿論聞いてゐる。
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――(信太郎が地主放火犯人容疑者として引かれて行くやうになつた事情。……青年はかねてその地主の小作をしてゐたこと、地主から借金(滞納小作料)してゐたこと、最近小作料釣上げの問題から地主の方では小作田の取戻しにかゝつてゐて、それに就き信太郎の方から地主宅へ行つて交渉してゐたこと、極く最近に地主が青年をひどく撲り辱かしめた件の有つたこと、放火未遂当夜も宵の口に青年が地主邸へ行つてゐるのを村人から見られて居る事、そのために青年に対して好意を持つてゐる村人からまでスツカリうたがはれてしまつたこと等――。それから自分の境遇(少女の頃、製糸工場に女工に出てゐたが、病気になつて帰村し、貧しい兄の家に寄食して農業や家事を手伝つてゐた)と信太郎との夫婦約束のこと。(話の途中にも列車は一回停車する。話の一番デリケートな部分を停車中にさせるやうにはめ込む)
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スミ「そいで、あんた、どうすんの?」
お若「E市迄ついて行きます。そこで裁判のすむのを待つだ。信太郎さは必らず無罪になります。あの人は火附けなどをする人では無えもの」
旅商人「待つと言つても、どうして待つてゐるんだね?」
お若「勤め口を捜します。まさかとなれば身体を金に代へてでも稼ぎます。信太さんには誰一人差入れをしてやる人も弁護士を頼んでやる人も居ないのです。それにあの人の留守の家には病気のお母さんと子供が二人居ります。仕送りをしてやらねえと、かつえて死んでしまふ。それを私がしようと思つて居ります」
お若の顔を見詰めてゐる土方。
旅商人「そいつはいま時感心な話だ。なんなら私が勤め口の世話をしてやらうぢやないか。E市には口入屋に知つたのが居るし、もし又間に人を立てるが嫌ならば、二三里離れてはゐるが△△町の銀座会館と言ふ一流のカフエーのコツク
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