い方ばかり考えるだ。苦労性と言うやつだらず。病気にしたってそうだ。へえ、自分じゃ年中、今にもおっ死ぬような事ばかり言っているが、そんなにひでえ病気ならば、もうへえ具合が悪いと言い出してから半年の上になるじゃもの、とうの昔にくたばっていらあ。
女 (肩の荷が降りたような明るい顔になっている)……近頃じゃ、おっかさん、川上のおがみやさんに拝んで貰っていてね、二三日前にもそう言われたと、あんたにゃ御先祖の仏様がたたっている――
百姓 たたっていると? 御先祖の仏様がか?
女 うん……だから、チャンとして供養をしねば、いくら薬飲んでも治らねえ――
百姓 フフ……フフ、フフ、ワッフフ……阿呆を言うな。それは、フフ、おがみやの食いものにされているのよ。何を馬鹿な、ハハハ、御先祖様と言うのは、おら達をこうして生み附けて下さった人達だぞ。自分達で生み附けといて、そいつにたたるなんて言う、しちめんどうな事をなさるものか。フ、フ、フ……第一、どこの仏様にしてからが、生きている人間にたたりきれるもんで無えよ。たたりきれるもんで無え。そうじゃ無えか。考えて見ろ、今迄代々死んでった仏様の数をみんな合せりゃ、生きている俺達の数よりも何層倍も多いわい。一々たたったりしていた日にゃ、仏様同志で鉢合せすらあ。
女 ハハ……(笑いながら立上ってフロシキをたたみ、立去る仕度をする、青年も笑い出している)
百姓 フフ……(笑っている女と青年を、ずるそうな表情で見くらべながら)そうだらず? 大体、俺が始終言ってる。あんなおがみやなんぞの、もったいぶった、むつかしげな小理屈なんぞに、煙に巻かれるのが悪いだ。……世間の事だって、人間の身体にしたって、へえ、そんな小むずかしげな物であろかい。みんな、タンボや畑の事と同じよ。こやしを程々にくれて、手入れをまめにしていりゃ、成り物あチャンと出来らあ。こやしをやり過ぎて、根が煮えるとイモチが出る。こやしを惜しんで手入れを怠っていりゃシイラが出らあ。わかりきっているだ。地めんは正直だあ。論法通りに行かあ。へえ、ホントの理屈なんてもなあ、そんなしちめんどうなもんで無えさ。一年生が見ても、わかりきってら。……そのわかりきっている事を、いろいろにひねくり廻す奴が段々事をむずかしくしてしまうのよ。ハハハハ(哄笑)んだから、この前も、俺が言った。腸が悪いんだら、悪いように、そんな拝み屋などに頼んじゃおさいせんを巻き上げられてる暇に、その金で、チョックラ小諸か甲府にでも出かけて、立派なお医者の先生さまに見て貰うて、薬を貰うて来るなり、養生のしかたを教わって来るなりしろ。餅は餅屋だ。お医者さまは病気にかけちゃ玄人だ。一度見て貰って、養生はそれからの事にしろと、あれだけ言ってもきかねえで、へえ、拝み屋だ、仏様のたたりだあ。……馬鹿なこんだあ、うぬがウッカリして歩いていたために、木の根っこに蹴つまずいて[#「蹴つまずいて」は底本では「蹴つまづいて」]、ひっくら返った奴が、ひっくら返ったなあ地めんのたたりだなんと言おうもんなら、人が笑うぞ、じょうぶ[#「じょうぶ」は底本では「じようぶ」]!
青年 ハッハハハ。
女 フフフ……だども、おっかさん、あの気性で、わしなどが、いくら言ってもお医者に行こうとはしねえから――
百姓 よし、俺がよくそう言ってやる。なんなら、俺が連れてってやっから[#「やっから」は底本では「やつから」]……心配しねえで、行きな。
女 へい……そいじゃ……二三日中に岩村田へ行きやすから……そんじゃ――
百姓 二三日なんて言ってねえで、明日行け。メソメソしねえで、向うへ行ったら、へい今日はと言うて、踊り込んで行け。
女 ……(笑いながら)いろいろと……そんじゃ……伯父さんも大事に。
百姓 うむ……。
女 ……(青年に向って頭を下げて)ごめんなんして。
青年 はあ、どうも――。
[#ここから2字下げ]
(若い女、出て来た方へスタスタと歩み去って消える。百姓、その後姿をチョット見送っているが、直ぐに又、麦をこきにかかる。……青年は、先程から強く動かされているが、その感動は、非常に静かな底深いものであるために、差し当りどんな表現もとり得ない)
[#ここで字下げ終わり]
百姓 ……あやつも、苦労する……(片手をあげて、その人差指の先で、眼頭の涙を拭く)……ふん……(涙を出したことに、はにかむような微笑で青年をチラリと見てから、千歯の端をトントンと叩いて)さあて、こんで、へえ……(前に廻って来て、ムシロの上にかがみ込んで、こき落した麦の粒と、まだ穂のままになったものとを手であら選りをして分ける)
青年 ……おばあさん……その、ハガキと言うのを、見せてくれませんか。
百姓 なんだえ?
青年 いえ、そのガダルカナルでなくなられた息子さんの……
百姓 ……(立上り、ムシロの一端を掴んで、パッパッと調子よく内側にはたいて、麦の粒を一個所に集めながら)道雄のハガキでやすかい?
青年 はあ。……すみませんが。
百姓 だども、なんとして、お前さま?
青年 ……別に……ただ、読ませていただきたいと思うんです。
百姓 ……ふん……(しばらくためらっていたが、やがて、単純に帯の下を掻きさぐって、布で包んだものを取り出し、布をほどいて中から何枚も何枚もの紙でくるんだ古いハガキを取り出し、きまり悪そうにそれを差し出しながら)へえ、つまらねえハガキだあ。
青年 ……(受取ったハガキの表をジッと[#「ジッと」は底本では「ヂッと」]見、やがて裏を返して見詰め、粛然として読む。……その間も百姓は、穂のままの麦を掻き集める仕事に余念も無い)
青年 ……(読み終って、静かな無表情な顔で頭を下げ、ハガキを百姓に返す)……ありがとう。
百姓 うむ……(ハガキを元の通りに紙と布で包んで帯の下に突込み、それからムシロの傍に置いてあった叩き棒を取る)
青年 御最後の模様は、わかっていますか?
百姓 ……やあ、そいつは、まだ、よくわからねえ。だども、へえ、兵隊のこんだ、いずれ[#「いずれ」は底本では「いづれ」]、ほかの兵隊と同じようにして打ち死にしたづら。……噂では、しめえ頃は、みんな食う物も[#「食う物も」は底本では「食ふ物も」]無くなったって言わあ。ふむ……
青年 ……それは、さぞ……
百姓 (叩き棒で軽くトントンと麦穂の上を叩き試しながら)……こうして、麦作るにも米作るにも、へえ、道雄や、慎太郎に……慎太つうのは満州で死んだ総領だ……食わしてやる気でやってる。……死んじまったような気がしねえもの……どっかで、まだ戦さしているような気がしやす。未練じゃ無え、未練じゃ無えけど……それ思うとジッとしてなんぞ居れねえ。ハハ……(本式に叩きはじめる)
青年 ……(頭を垂れて聞いていたが、やがて、これも、もう一本の棒を持って、百姓と交る交る麦穂を叩きはじめる)
百姓 (叩きながら)俺達みてえに……貧乏なもんは……したいと思うても格別の事あ、出来ねえ。――たんだ、兵隊にひもじい思いだけは、……させたく無え、……へえ、よその子も、ウヌが子も……ありやしねえ。……腹一杯食わして、戦さあ、さしてえ、……日本国中、方々でおっかあや、おかみさんが……そう思って……ウヌあ、食わなくても……みんな、働いてるづら。……へえ、どっこいしょと!
青年 ……(相手の言葉が明るく淡々としているだけに余計に迫って来るものがあり、叩きつづけられなくなり、叩くのをやめて、棒を立て、調子を取って麦を叩く百姓の姿をシミジミと見守る)
百姓 ……そうだらず?……ハハ……どっこいしょと!(叩き続ける、トン、トン、トンと響くおだやかな音が、高原一杯に拡がって行く)
[#ここから2字下げ]
(その音に混って、遠くの方から呼声が聞えて来る……はじめそれは棒の音に妨げられて二人の耳に入らない。その内に青年が先ずそれを聞きつける)
[#ここで字下げ終わり]
声 おーい、ばあやあーん! ばあやあーん! ばあやんよーうい! (その少年の声は、下手から此方へ向って走って来ながら呼んでいるもので、忽ちの中に間近になり、小径の方から兎の様に飛び出して来た、十五六才の元気な少年。かすりの着物に戦闘帽に手造りの草履)
少年 ばあやん! 来たぞう!
百姓 ほう、慎市、来たか。(叩くのをやめてニコニコして見迎える)
少年 来た、来た、来た!……(言いながら、走って来た勢いで、いきなり、ムシロの上の、麦のこぼれて無い部分で、デングリ返りを打ち、立上り、又反対の方向にデングリ返りを打つ。三度四度と、うまい)ばあやん、来たぞっ!
百姓 これ、これ! なによ、するだ!
少年 んだから、来たじゃ無えかい!(言いながら今度は百姓に飛びかかり、その帯のわきを両手で掴み、百姓の腹に頭突きをするように頭を当てて、グリグリしながら、両脚をピンピン跳ねる。孫が久しぶりに逢った祖母に甘えかかるにしても、少し度を過ぎている)
百姓 こら、こら! ハハハ、この小憎め! 来たな、わかったから、そねえに跳ねるな馬鹿!
少年 そうじゃ無えってば! これだ!(言って、懐中から封書を出し、その中から紙を出して百姓の鼻の先きに突きつける)今朝、来たんだ! んだから、ばあやんや、じいやんや、慎吉に見せようと思って、俺あ二番の汽車で――へえ、読んで見ろ!
百姓 すると……試験受かっただか?(言いながら渡された紙を、顔から引離して眺める)ふむ……(当惑して、その辺を見廻した眼が青年に行き)甲州の孫でやすよ。二番目の慎造と言う野郎の総領だ。
青年 ……(微笑してうなずく[#「うなずく」は底本では「うなづく」])
少年 (ふくれて)ばあやん、そりゃ[#「そりゃ」は底本では「そりや」]、逆さだあ。
百姓 うん? そうか……へえ、何が何やら、俺にゃ読めねえ。んでも、受かったもんなら、それでよからず。
少年 母さんは、まだブツブツ言ってらあ。
百姓 なに、俺があんだけ言ってやったんだから、それでええのよ。(青年に)なにね、総領息子だから、女親にして見りゃ、そうは決心していても、なかなか、ふんぎりが附かねえのは当り前でやして――
青年 なんですか?……(百姓が手の紙を渡す。その上の文字をサッと見て)ほう、飛行機の方を志願したんだな。採用の通知じゃありませんか。(少年を見て)……おめでとう……(紙を返す)
少年 へえ、……フ、フ、フ、フ(山国の少年のことで、知らない人にてれて顔をこすったりしながらも、こみ上げて来る悦びをおさえ切れない)
百姓 (ニコニコしながら)そいで、いつだ、先方へ行くの?
少年 あと五日あらあ。父やんが連れてってくれるって。
百姓 そうか……慎も、じゃ、行くか?
少年 うむ……フ、フ、フ、フ……半年すると飛行機にのっけて貰えら。そしたら、この辺へも飛んで来て見せべえ。ばあやんが働いてるとこ、空から見たら、どんな風に見えるべな?
百姓 なによ、山の上から下の方見るのと同じづら。ばあやんなど、へえ、地面の一所がモグモグしてるだけだらず。ハハハ
少年 そんで、一人前になったら、道雄おじさんを、やった奴を、おら、じょうぶ[#「じょうぶ」は底本では「じようぶ」]、やって来るぞ!
百姓 どうだかな。
少年 ああとも! やれら!
百姓 ほんまに、やって来るか?
少年 やって来る! へえ、一人も残すもんかえ! へっ[#「へっ」は底本では「へつ」]!(言い放ち、上にあげた両手を、盆踊りの手つきに曲げる)へっ! へっ! へっと!(二度三度四度五度と、両手を揃えて右へ左へと交互に振り、それに合わせて足を踏み出して、素朴な踊りの動作)へっちゃら、へっ!
百姓 へっ! へっか!(言いながら、少年を真似て、無骨な動作で盆踊りの手附きをする。足つきだけは少しヨタヨタしている)ハッハハハ! へっ、か!
少年 ハッハハハ、んじゃ、おら、おじいやんと、慎吉んとこへ行かあ!(言って、もう正面奥の方へ駆け出している)
百姓 (その後姿へ)今夜泊って行くか?
少年 ああよう!(もう姿は消えている)
百姓 フフフ……(笑いながらチ
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