、当分、実行組合でみんなでやりやす。
中年 ……ふーむ、……んでも、やりやすと、大きに、ばさまだけでそう決めこんでいても、なにせ、どこの家でも手一杯のギリギリまでやってるだから、下手あすると、村中の段取りがガタガタにならあ。
百姓 みんなが駄目だら、おらがやる。……(淡々として言い放って又、麦こきにかかる)
中年 どうも、へえ……その……(百姓の言葉や態度の中には、何一つ烈しい所は無いが、もうこうなれば、却ってその淡々とした中に抗弁しがたい物が有るらしい。それをよく知っているので、ホッとすると同時に、言葉のつぎ穂を失って、頭を掻きながら、ボンヤリ百姓の麦こきの手元を見守っている)ふう……。
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(こちらでは青年が二人のやりとりを眺めている。若い女は枯草や小枝に火をつけ、そこらに転がっていた竹の三本足にヤカンをつるして、火をかけ、その火尻を吹いたり、燃えるものをつぎ足したりしている。微風のために一方に流れて行く白い煙)
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百姓 ……(ヒョイと中年男を横眼で見てニコニコして)国三さ、お前、そうしてポカンとして……仕事は無えだか?
中年 (びっくりして、飛びあがる)ほい! どうも、へい、そいじゃ、ばさま、頼んましたぞ! いいな! 今晩ひとつ、頼んますぜ。ええと……へえ、仕事が無えだんかえ! こやしを出しているまっ最中だあ! へえ、そいじゃ!(青年に)ごめんなんし。(言いながら、横っ飛びに、出て来た方へ小走りに立去りながら)ばさま、頼んだぞう!
百姓 ハハハ、ハハ(相手の、足元から火が附いたような、あわてかたに笑う。若い女も青年も笑う)国三さよ! そいで、なにかえ――
中年 (消えようとして、カシバミの叢の中に下半身を入れたまま立停まり振返る)……?
百姓 こやしで思い出した。カリンサンの割当ては、やっぱし、ふえねえか?
中年 ふえるだんじゃ無え。カリンサンはそのままだけんど、豆板あ、こんだから少し減る模様だ。
百姓 ふん……すると、みんな堆肥もう少しずつ余計に積込まねえと、裏作あ、うまく行かねえづら?
中年 そうでやす。組合でも頭痛に病んでいやす。と言って、堆肥をもっと積込むと言っても、今迄が精一杯に積んで来たんじゃから!
百姓 草あ山へ入って行きゃ、いくらでも有らあ。
中年 草あ有っても、人手が無え。時間が無え。
百姓 ハハハ、なによ、組合がそう言って、みんな一時間ずつ[#「一時間ずつ」は底本では「一時間づつ」]早く起きるだ。
中年 ひゃあ……するちうと、ばさまなんど、今でも三時に起きてるの、どうなる?
百姓 二時に起きるべし。
中年 ひゃあ……どうも、へえ、かなわんなあ! ハハハハハ……そいから、ばさま、麦の供出の方は、どんな風にしやすかい?
百姓 麦かい? 麦あ、此処のを出すよ。
中年 何俵だ?
百姓 十二三俵も有るづら。
中年 へえ、すると、此処の、みんな出すのか?
百姓 みんな出しちゃ、そっちで困るかえ?
中年 こっちは困るだんじゃ無え。ばさまの内で困るべえ?
百姓 あに、オサキの畑で五六俵取れるから、此処のは内じゃ当てにして無え。
中年 へっ! なんせ、俺達あ、もうかなわねえよう! 好きなように勝手にさっし! へえ、とんだばさまだあ!(良いキゲンでわめき散らしながら、小走りに消える)
百姓 ハハハ……(手を動かすのはやめない)んでも、へえ、感心なもんだあ、……ああして忙しい中を駆けずり廻って村の世話あ焼いてる。……あねえな仁が居るから、この辺も何とか、かんとか、へえ、やって行けらあ。もとは、あれでも農学校途中まであがった仁でやすがね(と青年に)へたに学校なんぞにあがると、こんで、地百姓なんぞになりたがらねえもんだが、あの仁だけは、へえ、いつの間にか良え百姓になりやした。……なかなか出来るこんで無え。ふむ……(首を振り振り、麦こき)へえ、まだ湯はわかねえかや?
女 うん、もうチョット……(しきりとヤカンの下に小枝をくべる)
青年 やあ、水でもいいのに。
百姓 うんにゃ、此の辺の水は山水だからなし、馴れねえ衆が飲むと、腹あ下す。……(片手で眼の上にひさしをして空を迎ぎ)ええと、もう一刈り刈って、それを落して、叩いてしまえば、先ず[#「先ず」は底本では「先づ」]今日はおしめえかな(又、ニッコリとこきはじめながら)シゲ、お前は、なんだ?
女 ……おばさんにチョックラ逢いたくなって――
百姓 なんの話だ? 言え。
女 うん……(青年をはばかって言いよどんでいる)……
百姓 戦地から手紙あ、来るだか? 元気でやっているかえ、源太郎?
女 へえ、こないだ手紙来やした。……元気だって。……
百姓 そうか。
女 ……甲州の慎太郎兄さんとこ、慎市ちゃん、試験、どうしやした?
百姓 さあなあ。なんせ、あの嫁あ険のん性でなあ。俺がそう言ってやって、受けさせるだけは受けさせたようだが、へえ、どうしただか。
女 そうでやすか……
百姓 ……すると、なにか、そんじゃ、お前が岩村田から実家に戻っているのは、源太郎知ってるだな?
女 へえ……だども、今度――
百姓 ……なんとした?(と言いながらも千歯にかかっているので、別に話を追求すると言う風でも無い。青年は、若い女が自分をはばかって話しにくいらしいのを見てとって、ユックリ立上って、小便でもしに行く風に上手へ歩き出す)……おっかあ、その後、あんべえはどうだや?
女 おっかさんは相変らず腸が悪い腸が悪いと言うて……そりゃいいが、近頃又一倍気むずかしくなって――(ユックリ歩いて上手のカシバミの叢の方へ消えて行く青年の後姿をチラチラ見る)
百姓 うん、ありゃ[#「ありゃ」は底本では「ありや」]気で患うと言う人だ。しっかりもんだが、カンがきつ過ぎらあ。おやじと入れ代ってりゃ丁度良かった。お前のおやじと言うのも、へえ俺の弟だが、百姓は巧者だが、なんせ気がゆるくていけねえ。つまらねえ所だけ俺に似やがった。ハハハハ。
女 ……そんでね、おばさん……源太郎からの手紙には、こう言って来やした。(その手紙を懐中から出して開くが、それを読むと言うわけでは無く、手で開いたりたたんだりしながら、もう既に何度も繰返して読んでよく憶えている内容を言う)……自分は岩村田の母のキツイ性質はよく知っている。又弟や妹が事毎にお前にあたる事も自分の出征前からの事なので、充分に知っている。特に妹は不具者であるために、一倍ひがみが強いのだ。……それから母親がお前に当るのは、小さい時から同じ兄弟でありながら妙に母は弟がヒイキで、内心では弟に家督をつがせたいのだ。それで俺の家内であるお前が邪魔になるのだ……自分の母親の事をこんな風に言うのは、俺も悲しい。又、ムカムカする事もある。しかし母がそんな風になったのも、父が死んでから以来、永い事女手一つで俺達三人の兄弟を育てて来るために、いやでもキツクならなければならなかった事を思うと、俺には母を悪く思うことが出来なくなる。……お前が岩村田で箸のあげおろしに母や妹に当られ、山ん中で育った者は米の飯が珍らしいと見えて、よく食うなどと言われている事を思うと、俺は苦しくなってしまう。シゲさんは近頃ひどく痩せたように見えると、この間、小諸の賀山君の妹さんから言って来ている。……賀山さんと言うのは源太郎の学校友達でやす。
百姓 ふむ、ふむ……
女 んだから、俺には、お前に、どうしても岩村田の家に俺の留守中、暮していてくれとは言えない。川上の実家に戻っていてくれても、よいと思う。どちらにしても、お前が居心持の良い所に居てくれ。それが一番だと思う。……特に川上の実家に居れば、川上ではお前のお母さんは病身だし、小さい弟が一人きりしか居ないのだから、かなり家の手助けになるだろうと思うから、結局、当分、実家に居てくれてもよいと思う。
百姓 ふむ……
女 ……ただ……ただ……お前は、たとえ何処にいても、俺の妻であると言う事だけは忘れないでくれ……それを忘れないで、しっかり、シャンとしてやってくれ……お前は気が弱いから、それを俺は――(胸が迫って来て、プツンと言葉が切れる)
百姓 ふむ……ふむ……(千歯のケバをむしったりして、何とも言わない――)
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(間)
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女 ……(涙声になりそうなのを、こらえながら)そしてね、……そしたら、四五日前、岩村田から源次郎さんがヒョッコリやって来て――
百姓 へえ……その性の悪い弟がかえ?
女 うん……そいで、何だと思ったら、源次郎さん今度徴用になって、なんでも飛行機拵える工場に行くようになった……そんで、岩村田の内が、母と妹きりで無人になるので、是非帰って来てくれ……そう言って――
百姓 徴用か……そうかや……
女 おっかさんは、あんだけいじめ抜いて、飯を食わせるのも惜しむようにして、追い出すようにして返しときながら今更になって、いくらそんなわけが有るにしろ、又戻って来てくれは、あんまり身勝手すぎる……そう言って、どんな事があっても岩村田へやるわけには行かねえと言いやす……おっかさんは、あの気性で、いったん言い出したら、聞かねえ。お前が岩村田へ戻るようなら、もうへえ、かんどうする……わしも困っちまって――
百姓 ……そうかや。
女 ……どうしたらよかんべと思って――。
百姓 ……そうかや。……そんで、お前はどうしようと思ってるだ?
女 わしかえ?……んだから、わしには、どうしてええかもうへえ、よくわからねえ。……実あ川上にこうして居ても、ほかの事はなんとも無えけど、源太郎の事を思うと、わしも辛いのです。……んだけど正直言って、これから又、岩村田へ戻って、あすこのおっかさんや道代さんと一緒に暮さなきゃならんと思うと、身をきられるような気がする。……死んだ方がましだと思うことが三日にあげず有るだから。……そりゃ、おばさん、ホントに辛いで。……だもんだから、え、どうしてええか、わからねえ。(泣き出す)
百姓 ……そうかえ。……その気性じゃ、先ず[#「先ず」は底本では「先づ」]、そうだらず。……とんだ、お前も苦労をするもんだ。ふむ……(千歯の歯を片手で掴み片手の指で、涙を頬にこすりつけていたが、それでは間に合わなくなって、姉さまかぶりしている手拭を取って、顔中をゴシゴシ拭く)……そうさ……(途方にくれたように若い女を見たり、その辺を見廻している中にひどく悲しそうな心細い顔付きになり、ヒョタヒョタと二三歩その辺を歩き廻り、ウロウロとその辺を見まわしていた眼が、千歯の傍に積んであった麦束が残り少なになっていたのを認め、麦畑の方へ目を移していたと思うと、やがて、後帯にはさんでいた鎌を抜き持って、麦畑の方へヒョコリヒョコリと行ってしまう。麦を刈る気になったらしい。忽ち、麦の穂波の向うに見えなくなり、そちらからの鎌の音がザクリザクリと聞こえて来る。その一切の動作が、ひどくみじめな、頼り無いものに見える)
女 ……(黙ってその後姿を見送っている。やがて涙を拭き、火に小枝をくべたり、ヤカンのフタを取って覗いたりする。あと、煙を見詰めながらションボリして坐っている)
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(青年が上手の叢を出て、チョット此方を見ていてから戻って来る)
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青年 ……なるほど向うは随分深い谷のようですね!
女 ……へえ。
青年 板橋という部落は、川下ですか、この?
女 へえ、ズット下って……あの山の裾です。
青年 そうですか。(その方を眺める)
女 あの……お湯がわきやした。
青年 はあ、……おばあさんは?(喜びながら火のそばに腰をおろす)
女 (麦畑の方へ眼をやって)又、麦刈って――
青年 (女の注いで出す茶碗を受けて)すみません。(つづけさまに二三杯、うまそうに呑む)……御主人は出征なさっている……?
女 へ?……へえ。
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(間。――女は火を見つめている。青年は茶碗を手にしたまま、見るともなく麦畑の方に眼をやる。その方からは鎌の音がするだけで歌声は聞こえぬ)
[#ここで
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