の上りに乗るんでは、いくらユックリ歩いてっても、だいぶ間があらあ。……(相手がマジマジ見ていることなどにとんちゃくなく、拭き終った手拭いを今度は姉さまかぶりにして、さあてと言った顔になり、黒い両手にペッペッとつばきをくれて、麦束の方へ)
青年 ……(フッと笑えて来る)
百姓 んだが、この辺じゃ、別に見るようなとこも無え。あっちを見ても此方を見ても、へえ、唐松林と山ばっかりでな、(麦束を取って、片足でシッカリと千歯の踏板を踏んで、麦の穂をこき落しはじめる)
青年 はあ、……(おかしさが止らず、声を出してクスクス笑う)……
百姓 珍らしいもんなんぞ、何一つ無えづら。この信濃なんという国は、へえ、昔っから山ばっかりだ。飽きもしねえで、じょうぶ、山ばっかり拵えたもんだ。(ブリブリと音させて麦をこいで行く)
青年 ハッ、ハハ、ハハ、
百姓 (青年の笑い声で、その方を見る)……?(相手が自分の顔ばかり見ているので、顔に何か附いてでもいるかと思い片掌でツルリと顔を撫でる。すると又眼のあたりに泥が附く)
青年 いやいや……ハハ、ハ……
百姓 なんでやす?
青年 ……そう言えば、声は女の人のようなんで、
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