って千歯にかけながら、いきなり話し出す)へえ、昔なあ、板橋の下の宿に五兵衛と言う半百姓の猟師がいた。えら年功を終た[#「終た」はママ]熊が出やがってなあ……うむ、昔はこの辺にも熊が居たそうだ。畑あ荒すし、第一、物騒で山仕事も出来ねえつうので、とっつかまえろと言う事になってよ、この奥に追い込んだ。……そんで五兵衛さんと言う衆が、そいつば打ちに行く時に……じょうぶ[#「じょうぶ」は底本では「じようぶ」]でけえ熊だで命がけだ。……そで無くても、冬のさ中の雪の深い山ん中へ行くだから、下手あして、崖にでも落ちると、凍えて[#「凍えて」は底本では「凍へて」]死なあ。……その出がけに、五兵衛と言う人が、おかみさんに言ったそうだ。俺が戻って来るまで、火ば絶やすな。……そ言って出たっきり、三日三晩というもの戻って来ねえ。おかみさん心配で心配で、何にも手が附かねえ。んでもほかにどうしよねえから、胸ん中で亭主の無事を念じながら、セッセと火じろを燃やしてたそうだ。
女 ……(めんくらって)なんの話だえ?
百姓 (相手の質問を無視して語り次ぐ。その間も麦こきの手は休めない。傾聴している青年)……三晩立って、四日
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