……私は、実は、非常にうれしい――うれしいと言うのも、変なものですが……ハハ(思い出したように軽く笑って)なんです……小さい時に別れたおふくろの事を考えていたら……あんなお婆さんに逢って……妙な気がします。なんですねえ、人と人とが、たった一度きり逢って、それっきり別れる……なんと言う不思議な因縁でしょうねえ。誰に向ってお礼を言ってよいか、わからん。ありがたくなります。
女 へえ、おふろくさんでやすか?……(なんの話だかわからず、青年を見る)
青年 ハハ、いや、それは此方の話です。どうも――
[#ここから2字下げ]
(言っている所へ、奥の麦畑の方から刈り取った麦束のかさばったのを、荒縄で引っかけて[#「引っかけて」は底本では「引つかけて」]背負いにした百姓が、前こごみになってユサユサと戻って来る。青年と若い女がそれを見迎える。……百姓は千歯の傍の所で、荷物ごと仰向けにひっくり返るような具合にして麦束をおろす)
[#ここで字下げ終わり]
百姓 どっこいしょと!(立上り、後ろへ廻って、千歯の踏板を踏む)
女 おばさん、湯がわいた。一服したら――。
百姓 ……(それには返事もせず、麦束を一つ取
前へ 次へ
全78ページ中54ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング