リと聞こえて来る。その一切の動作が、ひどくみじめな、頼り無いものに見える)
女 ……(黙ってその後姿を見送っている。やがて涙を拭き、火に小枝をくべたり、ヤカンのフタを取って覗いたりする。あと、煙を見詰めながらションボリして坐っている)
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(青年が上手の叢を出て、チョット此方を見ていてから戻って来る)
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青年 ……なるほど向うは随分深い谷のようですね!
女 ……へえ。
青年 板橋という部落は、川下ですか、この?
女 へえ、ズット下って……あの山の裾です。
青年 そうですか。(その方を眺める)
女 あの……お湯がわきやした。
青年 はあ、……おばあさんは?(喜びながら火のそばに腰をおろす)
女 (麦畑の方へ眼をやって)又、麦刈って――
青年 (女の注いで出す茶碗を受けて)すみません。(つづけさまに二三杯、うまそうに呑む)……御主人は出征なさっている……?
女 へ?……へえ。
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(間。――女は火を見つめている。青年は茶碗を手にしたまま、見るともなく麦畑の方に眼をやる。その方からは鎌の音がするだけで歌声は聞こえぬ)
[#ここで
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