すると聞かねえ者も、ばさまの言う事は聞きやす。もっとも、ベラベラしゃべくるわけじゃ無えから気が附かねえ者あ、まるきり気が附かねえ。黙ってやってるのを、一人二人と見ならってやって行くだけだがね。……(青年はジット眼の前を見詰めていて返事をせぬ。中年男は三束四束とこき進んで、しばらく口をつぐんでいたが、何を思い出したか、急に笑い出す)ハッハハハハ、ハハハ……だども……ばさまにも一つだけ、どうにもならねえ事がある! 弘法さまにも筆のあやまりか。ハハハ……
青年 ……?(中年男を見る)
中年 こいつだけは、畑で作り出すわけにゃ、いかねえから、いい気味だ。なあシゲちゃん。お前、持って来たかえ?
女 へえ、いや……二三日前、小諸に行ったもんで捜したけど、近頃配給になってしまって、ロクなもん手に入らなくて……(帯の間から紙につつんだ小さい物を出す)ホンの二三本……
中年 縫針かあ、そいつは豪勢だ。俺あ、へえ、捜したりしている暇あ無えし、仕方無えで、組内かっさらって、木綿糸が、たったこいだけだ。(笑いながら、懐中から小さく巻いた糸のかたまりを出す)
青年 ……?
中年 (物問いたげにしている青年を見て
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