」]、頬かむりの上から小さい菅笠をかむった、このあたりの百姓姿である。着ている物の全部が縞目もわからぬ程になった古いもので、そのあちこちを何十度繕ったものか、まるでさしこの着物の様になっている。僅かにかむっている手拭だけが少し白い。
 青年はそれを眺めている。百姓は、しかし、山国の人が山の中で一人で働く時の常で、そのあたりに人が居ようなどとは思っても見ないので傍目もふらず、直ぐに又、何かわけのわからぬ鼻唄を無心にフンフンとやりながら麦畑のウネをヒョコリヒョコリと越えて穂波の中にもぐり込んで行き、鎌を掴んで、再び刈りはじめる。その急ぎはしないが、又休みもしない鎌の音と、低い鼻唄が静かにきこえる。そう言えば、その鎌の音と鼻唄とは、まるで高原の真昼の静けさ自身のつぶやきのように、はじめからきこえていたのである。……もっ立てた尻が、麦の波の中に動く。青年、水筒の口をとり、水を呑みながらおかしげに動く尻を見ている。
――間。
 やがて再び、百姓は刈取った麦を抱えて、仕事場の方へ。
[#ここで字下げ終わり]

青年 ……(近づいて来る百姓を見迎えて)あのう、ちょっと[#「ちょっと」は底本では「ちよ
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