ある。眼を開いていられぬほどに明るい夏の午後。
 人の姿はなく、ただ麦畑の穂波の一個所が、モゴモゴと動いている。

シンカンとした永い間。

 奥の谷の方から、小径を踏み分けてスタスタと登って来る青年。まだ少年と言ってもよいほどの頬をした、スッキリと明るい若者で、ズボンに巻脚絆に靴、あまり大きくないリュックサックにピッケルと言った、無造作な、だがしっかりした山歩きの装具。
 草場のはずれの所まで来て、ピッケルを立て、カーキ色の散歩帽を脱いで、白い額に流れる汗を手拭いでふきながら、越えて来た山の方などを見渡している……。

 いきなり、麦畑の中に立ちあがった人がある。きたない、ボロボロの姿をした百姓。刈取った麦の束を両わきに抱え込み、ムシロの方へ行き、積んである麦束の上に麦をおろす。そしてホッとして、少し曲っている腰を伸ばして膝の所から仰向けになるような姿勢をして、頬かむりから僅かにのぞいている眼と鼻のあたりに流れる汗を、まるで鍋のふた程もある大きな手のひらで、ブルンと横なぐりに拭く。棒縞の腰きりはんてんに、つづれ織りの帯をしめ、紺のももひきに素足にわらじ[#「わらじ」は底本では「わらぢ
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