う)
百姓 ……(また二つ三つ手を動かして麦をこくが、なんとしても気になる様子で青年の手元へ眼をやったままである。そのうちに、そっちの方へ自然に引き寄せられるように寄って行く。片手に麦束を握ったまま)
青年 ……借りて来たリュックですからね……そいつが、また、なかなかやかましい山男で……ほころびをさせたりしていると、説教だ。……(縫いながら)
百姓 うーむ……(低く唸るような声を出す。腰を曲げ、両方の膝に両方の手を突いて、青年の手元を覗く)……うめえもんだなし! 男のくせに……おらなどより、うめえ。
青年 なに……年中船の中にいるもんだから、……みんな、こうです。
百姓 そうかい、そいつは……(青年が縫い終るまで、まじろぎもしない)
[#ここから2字下げ]
(そこへ下手の小径からスタスタ出て来る二人の人。前は野良着に巻脚絆に戦闘帽の中年の男。伸ばしっぱなしにした不性髭の中から眼鼻が覗いている毛深い農夫で、荒縄の帯に鎌を差し、横ぐわえにした煙管から煙、後はまだ廿四五の若い女で、キリリとした袷にカルサンに草履、片手に小さいフロシキ包みを下げ、白粉気の無い白い顔が引きしまり、沈んだ眼の色。…
前へ
次へ
全78ページ中19ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
三好 十郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング