方へ眼をやってから、自分が鼻歌を歌っていたのを思い出したのか思い出さないのか、どっちとも附かず、ただ、急に女らしい、と言うよりは、殆んど少女の示すような、はにかみを現わした顔。その顔を、しかし、片手で邪慳にゴシゴシとこすりまわして)……へえ、おら、歌など唄えねえ。
青年 ですから、今唄っていた――
百姓 ハハ、お前さまこそ、歌あ唄って聞かしておくんなせえ。東京の衆は、うめえづら。……(チュン、チュンと思い切りよく手ばなをかんで、再び麦こき)
青年 ……(クスクス笑いながら)……じゃ、僕が唄えば、小母さんも唄ってくれますか?
百姓 う? へえ。……(それには返事をしないで)学生さんは、ノンキでようがすの。
青年 小母さんが聞かしてくれれば、私も唄いますよ。
百姓 フフ……お前さま、なんの学校でやす? いずれ大学校づら?
青年 いや、学生ではありません。ズーッと……船に乗っとる者で――
百姓 船かえ?……船になあ……するちうと、海の上、走っているだね?……太平洋なんと言う――?
青年 はあ、……先ず――
百姓 そんだら、ガ……ガタル……ガタル……ガダ……あんでも、ガダ……へえ、舌あ噛みそう
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