…(立上り、ムシロの一端を掴んで、パッパッと調子よく内側にはたいて、麦の粒を一個所に集めながら)道雄のハガキでやすかい?
青年 はあ。……すみませんが。
百姓 だども、なんとして、お前さま?
青年 ……別に……ただ、読ませていただきたいと思うんです。
百姓 ……ふん……(しばらくためらっていたが、やがて、単純に帯の下を掻きさぐって、布で包んだものを取り出し、布をほどいて中から何枚も何枚もの紙でくるんだ古いハガキを取り出し、きまり悪そうにそれを差し出しながら)へえ、つまらねえハガキだあ。
青年 ……(受取ったハガキの表をジッと[#「ジッと」は底本では「ヂッと」]見、やがて裏を返して見詰め、粛然として読む。……その間も百姓は、穂のままの麦を掻き集める仕事に余念も無い)
青年 ……(読み終って、静かな無表情な顔で頭を下げ、ハガキを百姓に返す)……ありがとう。
百姓 うむ……(ハガキを元の通りに紙と布で包んで帯の下に突込み、それからムシロの傍に置いてあった叩き棒を取る)
青年 御最後の模様は、わかっていますか?
百姓 ……やあ、そいつは、まだ、よくわからねえ。だども、へえ、兵隊のこんだ、いずれ[#「いずれ」は底本では「いづれ」]、ほかの兵隊と同じようにして打ち死にしたづら。……噂では、しめえ頃は、みんな食う物も[#「食う物も」は底本では「食ふ物も」]無くなったって言わあ。ふむ……
青年 ……それは、さぞ……
百姓 (叩き棒で軽くトントンと麦穂の上を叩き試しながら)……こうして、麦作るにも米作るにも、へえ、道雄や、慎太郎に……慎太つうのは満州で死んだ総領だ……食わしてやる気でやってる。……死んじまったような気がしねえもの……どっかで、まだ戦さしているような気がしやす。未練じゃ無え、未練じゃ無えけど……それ思うとジッとしてなんぞ居れねえ。ハハ……(本式に叩きはじめる)
青年 ……(頭を垂れて聞いていたが、やがて、これも、もう一本の棒を持って、百姓と交る交る麦穂を叩きはじめる)
百姓 (叩きながら)俺達みてえに……貧乏なもんは……したいと思うても格別の事あ、出来ねえ。――たんだ、兵隊にひもじい思いだけは、……させたく無え、……へえ、よその子も、ウヌが子も……ありやしねえ。……腹一杯食わして、戦さあ、さしてえ、……日本国中、方々でおっかあや、おかみさんが……そう思って……ウヌあ、食
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