わなくても……みんな、働いてるづら。……へえ、どっこいしょと!
青年 ……(相手の言葉が明るく淡々としているだけに余計に迫って来るものがあり、叩きつづけられなくなり、叩くのをやめて、棒を立て、調子を取って麦を叩く百姓の姿をシミジミと見守る)
百姓 ……そうだらず?……ハハ……どっこいしょと!(叩き続ける、トン、トン、トンと響くおだやかな音が、高原一杯に拡がって行く)
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(その音に混って、遠くの方から呼声が聞えて来る……はじめそれは棒の音に妨げられて二人の耳に入らない。その内に青年が先ずそれを聞きつける)
[#ここで字下げ終わり]
声 おーい、ばあやあーん! ばあやあーん! ばあやんよーうい! (その少年の声は、下手から此方へ向って走って来ながら呼んでいるもので、忽ちの中に間近になり、小径の方から兎の様に飛び出して来た、十五六才の元気な少年。かすりの着物に戦闘帽に手造りの草履)
少年 ばあやん! 来たぞう!
百姓 ほう、慎市、来たか。(叩くのをやめてニコニコして見迎える)
少年 来た、来た、来た!……(言いながら、走って来た勢いで、いきなり、ムシロの上の、麦のこぼれて無い部分で、デングリ返りを打ち、立上り、又反対の方向にデングリ返りを打つ。三度四度と、うまい)ばあやん、来たぞっ!
百姓 これ、これ! なによ、するだ!
少年 んだから、来たじゃ無えかい!(言いながら今度は百姓に飛びかかり、その帯のわきを両手で掴み、百姓の腹に頭突きをするように頭を当てて、グリグリしながら、両脚をピンピン跳ねる。孫が久しぶりに逢った祖母に甘えかかるにしても、少し度を過ぎている)
百姓 こら、こら! ハハハ、この小憎め! 来たな、わかったから、そねえに跳ねるな馬鹿!
少年 そうじゃ無えってば! これだ!(言って、懐中から封書を出し、その中から紙を出して百姓の鼻の先きに突きつける)今朝、来たんだ! んだから、ばあやんや、じいやんや、慎吉に見せようと思って、俺あ二番の汽車で――へえ、読んで見ろ!
百姓 すると……試験受かっただか?(言いながら渡された紙を、顔から引離して眺める)ふむ……(当惑して、その辺を見廻した眼が青年に行き)甲州の孫でやすよ。二番目の慎造と言う野郎の総領だ。
青年 ……(微笑してうなずく[#「うなずく」は底本では「うなづく」])
少年 (ふくれて)ばあや
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