み屋などに頼んじゃおさいせんを巻き上げられてる暇に、その金で、チョックラ小諸か甲府にでも出かけて、立派なお医者の先生さまに見て貰うて、薬を貰うて来るなり、養生のしかたを教わって来るなりしろ。餅は餅屋だ。お医者さまは病気にかけちゃ玄人だ。一度見て貰って、養生はそれからの事にしろと、あれだけ言ってもきかねえで、へえ、拝み屋だ、仏様のたたりだあ。……馬鹿なこんだあ、うぬがウッカリして歩いていたために、木の根っこに蹴つまずいて[#「蹴つまずいて」は底本では「蹴つまづいて」]、ひっくら返った奴が、ひっくら返ったなあ地めんのたたりだなんと言おうもんなら、人が笑うぞ、じょうぶ[#「じょうぶ」は底本では「じようぶ」]!
青年 ハッハハハ。
女 フフフ……だども、おっかさん、あの気性で、わしなどが、いくら言ってもお医者に行こうとはしねえから――
百姓 よし、俺がよくそう言ってやる。なんなら、俺が連れてってやっから[#「やっから」は底本では「やつから」]……心配しねえで、行きな。
女 へい……そいじゃ……二三日中に岩村田へ行きやすから……そんじゃ――
百姓 二三日なんて言ってねえで、明日行け。メソメソしねえで、向うへ行ったら、へい今日はと言うて、踊り込んで行け。
女 ……(笑いながら)いろいろと……そんじゃ……伯父さんも大事に。
百姓 うむ……。
女 ……(青年に向って頭を下げて)ごめんなんして。
青年 はあ、どうも――。
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(若い女、出て来た方へスタスタと歩み去って消える。百姓、その後姿をチョット見送っているが、直ぐに又、麦をこきにかかる。……青年は、先程から強く動かされているが、その感動は、非常に静かな底深いものであるために、差し当りどんな表現もとり得ない)
[#ここで字下げ終わり]
百姓 ……あやつも、苦労する……(片手をあげて、その人差指の先で、眼頭の涙を拭く)……ふん……(涙を出したことに、はにかむような微笑で青年をチラリと見てから、千歯の端をトントンと叩いて)さあて、こんで、へえ……(前に廻って来て、ムシロの上にかがみ込んで、こき落した麦の粒と、まだ穂のままになったものとを手であら選りをして分ける)
青年 ……おばあさん……その、ハガキと言うのを、見せてくれませんか。
百姓 なんだえ?
青年 いえ、そのガダルカナルでなくなられた息子さんの……
百姓 …
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