いるもんだから、つい、どうも……。
百姓 おふくろさんは富士見にござらすかえ? そうかえ。おふくろさんに逢いに戻って来やしただね?
青年 はあ、……いえ。――
百姓 すると、お前さまのおふくろさんは富士見の人かえ? そうかえ、富士見にゃおらの知ってる人も居る。森田の宇えさんと言って、じょうぶ鼻のでっけえ――
青年 いえ、村の人間じゃ無いんです。久しく富士見の病院に入っていたんで。……中学時代に僕あ、チョイチョイ、見舞いに来て……その病院の窓から、おっ母さんが此方を指して話してくれたんで――
百姓 ……すると、病気かえ? そいつは、いけねえ。そんで、ちったあ、良い方かね?
青年 なんです?
百姓 おふくろさんよ、その。
青年 (びっくりして、それから微笑)ああ、母は、死んだんです。……ズッとせん、富士見で。
百姓 ……(フッと麦こきの手を停めて、青年の方を見る)……そうかえ。
青年 (少しテレて、微笑している)なに……ですから、なんとなく……そこいらを歩き廻って見たくなったもんだから……
百姓 ふむ……(両手を、曲った腰に当て、シミジミと青年を眺めている)……いくつの時だあ?
青年 ……十七んときです。
百姓 今、いくつになりやした?
青年 僕ですか?……二十六です。……どうも、ハハハ。……(困って、手持ぶさたで、積んである麦束に近づき[#「近づき」は底本では「近ずき」]、なんとなく、麦束を取り上げ、それをこく真似をする。次ぎにホントにこいで見る気になって、踏板をしっかり踏んで、ブリブリとこく)
百姓 ……(その姿を、まだ見ている)
青年 ……(相手の視線を無視して、一束こき終った時に、右のズボンのポケットにゴロゴロする物が邪魔になるのに気付き、それを取り出すと、紙袋に入った飴玉)
百姓 ……さぞ、なあ。
青年 ……(百姓の方へ寄って行き)これ、残りもんですが……(自分で紙袋から飴玉を一つ出して、百姓に渡す)
百姓 う?……(別のことを思っているので、ウッカリしたまま手を出して受取る)……なんだ?
青年 ……(紙袋の方も渡して、百姓の手元を見ている)
百姓 そりゃ、へえ……ごっつおさまだ。(無造作にポイと飴玉を口に入れる)
青年 その手……指は、どうしました?
百姓 うん?……(チラッと自分の手を見てから)うむ、……ヒビやアカギレだらず……年中、こうだ。……あに、へえ
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