よ変テコな心持になる、ペンはますます乗気になる、始末がつかない。彼のいう所をあそこで一言ここで一句、分った所だけ綜合して見るとこういうのらしい。昨日差配人が談判に来た。内の女連はバツが悪いから留守を使って追い返した。この玄関払の使命を完《まと》うしたのがペンである。自分は嘘をつくのは嫌だ。神さまに済まない。然し主命《しゅうめい》もだし難しで不得已《やむをえず》嘘をついた。まず大抵ここら当りだろうと遠くの火事を見るように見当をつけて漸く自分の部屋へ引き下った。
[#ここで字下げ終わり]
漱石氏の一年半の英国留学中の消息は、これらの書信以外には私はあまり知らない。しかし他の留学生の多くが酒を飲んだり、球を突いたり、女にふざけたりして時日を空過する中に漱石氏は最も真面目に勉強したことだけは間違いない。漱石氏の帰朝した時にはもう子規居士は亡くなっていた。
漱石氏の留守中、細君は子供と共に牛込の中根氏――細君の里方である――の邸内の一軒の家《うち》に居たように記憶して居る。私が氏を訪問して行ったのもその家であった。丁度私の訪問して行った時に中根氏が見えていて痩せた長い身体を後ろ手に組んで軒
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