で行きませんか。」と言って私は氏を私の宿に引っぱって帰った。
宿屋に這入《はい》った後漱石氏は不思議な様子を私に見せた。狩野氏の家を出てから山端の平八茶屋で午飯を食うて此の宿の門前に来るまでは如何《いか》にも柔順《すなお》な子供らしい態度の漱石氏であったが、一度宿屋の門をくぐって女中たちが我らを出迎えてからは、たちまち奇矯《ききょう》な漱石氏に変ってしまった。万屋は固《もと》より第一流の宿屋ではない。また三流四流に下る宿屋でもない。私たちは何の考慮を煩わす事もなしに、ただ自分の家の門をくぐるのと同じような気軽い心持で出入する程度の宿屋であったのだが、漱石氏の神経はこの宿の閾《しきい》をまたぐと同時に異常に昂奮した。まず女中が挨拶をするのに対して冷眼に一瞥《いちべつ》をくれたままで、黙って返事をしなかった。そうしてしばらくしてから、
「姉さんの眼は妙な恰好の眼だね。」と言って、如何《いか》にもその女を憎悪するような顔付をしていた。平凡なおとなしいその京都の女は、温色《おんしょく》を包んで伏目になって引き下がった。やがて湯に這入らぬかと言って今度は別の女中が顔を出した。これはお重《じゅう
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