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   四日[#地から3字上げ]金之助
     虚子先生
      ○
明治四十一年七月十一日(封書)
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拝復 御ふささんは異存はなかろうと愚妻が申します。然し松根がもらいたいのですかあなたが御周旋になるのですか伺ってくれと申します。
 御ふささんは妻のイトコです。貧乏です。支度も何もありません。以上。
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   七月十一日[#地から3字上げ]金
     虚子様
      ○
明治四十一年七月十二日(封書)
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 又啓《ゆうけい》
 あなたがこの事件で歩を御進めになれば自然松根に直接意見をきく事になります。そうすると公平を保つために私の方でも御房さんにその事を話さなければなりません。即ちあなたの思いつきで松根に向って御房さんをもらわないかと口をかける由と通知するのであります。それで本人が否《いや》だというたら直ぐ無駄な御骨折を御中止を願います。また異存なしと答えたら何分にも御面倒を願いましょう。ただ今愚妻留守につき帰り次第御房さんの考をきかせますから左様御承知を願います。頓首。
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   七月十二日[#地から3字上げ]金之助
     虚子先生
      ○
明治四十一年七月十四日(封書)
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 謹白。
「私は無教育でありまして到底高等の教育を受けた人の奥様になる資格はありませんが――もう一年も仕事でも勉強して――」
 御房さんがこんな事をもしくは之に類似した事を愚妻まで申し出たそうです。これに由ってこれを観ると謙遜のようにもあり、いきたいようにもあり、ちょっと分りませんな。然し否ではないんでしょう。そう手詰に決答を逼る必要もないから愚妻はよく考えなさいと申したら、御房さんはよく考えて見ますと申したそうであります。
 右は小生の直接研究に無之候えども大体の見当は間違った愚妻の報知とも思われません。
 右迄草々。
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   七月十三日[#地から3字上げ]金
     虚子先生
      ○
明治四十一年七月二十三日(封書)
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 拝啓 別封「花物語」は寅彦より送り越し候もの。中には中々面白きもの有之出来得るならば八月の『ホトトギス』へ御出し被下度候。
 新、旅行。小石川同心町の住人代稽古に参り候。中々上手に御座候。何と申す人にや、大蔵省へ隔日に宿直する人の由。修善寺は如何に候いしや。頓首。
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   七月二十三日[#地から3字上げ]金
     虚子先生
      ○
明治四十一年八月十九日(封書)
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 御書面拝見。『朝日』への短篇遂に御引受のよし敬承。御多忙中さぞかし御迷惑と存候。然しこれにて渋川君は大なる便宜を得たる事と存候。今日「三四郎」の予告出で候を見れば大兄の十二日の玉稿如何にもつなぎのようにて小生は恐縮仕候。全く『大阪』との約束上より出でたる事と御海恕願候。「春」今日結了。最後の五、六行は名文に候。作者は知らぬ事ながら小生一人が感心致候。序を以て大兄へ御通知に及び候。あの五、六行が百三十五回にひろがったら大したものなるべくと藤村先生のために惜しみ候。
 昨紅緑来訪久し振に候。絽縮緬の羽織に絽の繻絆《じゅばん》をつけ候。なかなか座附作者然としたる容子に候いし。大兄を訪う由申居候参りしや。暑気雨後に乗じ捲土重来の模様。小生の小説もいきれ可申か。草々。
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   八月十九日[#地から3字上げ]金之助
     虚子先生
      ○
明治四十一年八月三十一日(封書)
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 拝啓 森田友人にて高辻と申す法学士が謡がすきで今度の日曜に僕の宅へ来て謡いたいと申すよしに候。所が先生非常の熱心家なれど今年の正月からやったのだから僕と両人《ふたり》でやったらどんな事に相成り行くか大分心細く候につき音頭取りとして御出が願われますまいか。その上高辻氏は何を稽古しているか分らず。小生の番数は御承知の通り。共通のものがなければ駄目故かたがた御足労を煩わし度と思いますがどうでしょう。この人は城数馬のおやじさんに毎晩習うんだそうです。きのうも尾上に習いました。尾上は中々うまい。
「温泉宿」完結奉賀候。趣意は一貫致し居候ように被存候が多少説明して故意に納得させる傾はありますまいか。一篇の空気は甚だよろしきよう被存候。「三四郎」はかどらず、昨日の如きはかこうと思って机に向うや否や人が参り候。これ天の呪詛《じゅそ》を受けたるものと自覚しとうとうやめちまいました。
 右当用に添へ御通知申上候。草々。
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   二百十日[#地から3字上げ]金
     虚子先生
 
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