かも知れないとなるとどうも苦痛でたまらない。もしあの子が死んで一年か二年かしたら小説の材料になるかも知れぬが、傑作などは出来なくても小供が丈夫でいてくれる方が遥かによろしい。到底「草枕」の筆法では行きません。「猫」の代正に頂戴難有候。漠然会なるものが出来るよし出られればいいが。
『新小説』は出たが振仮名の妙癡奇林《みょうちきりん》なのには辟易しました。ふりがなはやはり本人がつけなくては駄目ですね。
 もう九月になる。講義は一頁もかいてない。『中央公論』は何をかいたものやら時間がなさそうだ。これで小供の病気がわるければ僕は何も出来ない。『中央公論』には飛んだ不義理が出来る。
 然し交通遮断はちょっと面白い。あまり人がきすぎて困るからたまには交通遮断をして見たいと思います。
 野間《のま》先生が「草枕」を評して明治文壇の最大傑作というて来ました。最大傑作は恐れ入ります。寧ろ最珍作と申す方が適当と思います。実際珍という事に於ては珍だろうと思います。
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   八月三十一日[#地から3字上げ]金
     虚子先生
      ○
明治三十九年九月三日(封書)
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 拝啓 御手紙ありがたく候。病人は存外よろしく候。この分にては一命だけはたすかる事と存候。ただ今の処交通遮断なれど好《いい》加減に出たり這入ったり致居り候。寅彦、「嵐」と題する短篇を送りこし候。例の如く筆を使わないうちに余情のある作物に候。十月分の『ホトトギス』に御掲載被下べくや。御郵送申上候。今日『中央公論』の末尾に小生らの作を読者に吹聴する所を観て急に『中央公論』へかくのがいやになり候。何ぼほめられるがいいと申してああいわれて一生懸命に十月号に書いてやろうという気にはなれなく候が如何。今度滝田に逢ったらあまり広告が商売的だと申してやろうと存候。以上。
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   九月二日夜[#地から3字上げ]金
     虚子庵
      ○
明治三十九年九月十一日(封書)
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 拝啓 来る二十六日の能に御招き被下難有奉深謝候。西洋人も定めてよろこぶ事と存候。もっとも通弁を仕るのは少々閉口に候。あの番組のうちで一つも見たものも読んだものもありません。橋口は兄の方ですか弟の方ですか。小児《こども》病気は日にまし快方。小生見舞に参り候えどもまだ一
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