はない。その住める家も十人並より小さき者である。只不幸にして彼等よりも富み、彼等よりも大きい家に住み、さうして彼等に近く位置してゐる。――に鬱憤を漏らさうと云ふ程の考も無い。唯それが子供の手によつてなさるる斯《かか》る悪戯は彼等に於て痛快な事であるに相違ない。我等は又た時々頭上に響く其|礫《こいし》の音を甘受しながら漸く眠りに落ちようとする心から覚醒して仕事にとりかかるのである。その礫の音、人の往来を妨げる人垣、それらは我等に我慢が出来る。唯我慢が出来ないのは彼の建て並べられた貸二階から栄養不良な眼を光らせてぎろぎろと見下ろされることである。斯る意味に於て私は植木屋が枝ぶりの面白いと云つた松にも、これは十両とか二十両とかの値打ちがあると云つた槙にも、格別の執着を持たぬ。唯|冀《ねが》ふところのものは総べての木が目隠しの役目を全うして呉れることである。
但し貸二階は発行所の前面ばかりではなく、裏側にも横側にもある。発行所は殆ど二階に取り巻かれて包囲攻撃を受けてゐるやうなものである。其中に在つて発行所は独り平屋で頑張つて居る。
底本:「近代浪漫派文庫 7 正岡子規 高浜虚子」新学社
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