屋の来た時に、愈々《いよいよ》その松には望を絶つてそれを掘り起して、雪隠《せつちん》の蔭になつてゐた一本の槙をそこに移し植ゑた。この槙は十両とか二十両とかの値打があると植木屋が讃めた程あつて、今迄雪隠の蔭にあつた時は気がつかなかつたが明るみに出して見ると品格のある木となつた。今一本の松の木は枯れた松よりは古木であつて枝振りも面白いから大事になさいと植木屋が言つたが、其後手が届かぬのでこれも段々下枝から枯れて行くやうだ。それでもまだ可なりな緑を吹いて此の方は大丈夫らしい。
 その外には二本の青桐と金目《かなめ》が五六本と柘榴《ざくろ》などがある。長さ五間の板塀にくつついて是等の木は並べて植ゑられてある。さうしてそれらの木は皆共同の一つの目的を持つて居る。其は外でもない。発行所の前は駄菓子などを売つてゐる小さい店屋が並んでゐて、それらの店屋は皆二階を持つて居る。始めは只一つの店屋が二階を持つて居つただけであるが、其後段々殖えて来て、発行所の前に並んでゐる四五軒の店屋は悉《ことごと》く二階を作つた。それはめいめいの家が有福になつて作つたのでは無く、だんだん暮しが苦しくなつて来るにつれて、各々
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