である。これが病人でなかった日にはとても我慢はしていやすまい。それを思うと病人というものはなかなか得なものである。」と。そう言って居士は苦笑した。
しかしそれは決して病人だからという理由ばかりではなかった。その他居士の人格、事業が世人に認識されて居士のいう事は一つの権威となってしまったからであった。もう居士の文壇に於ける地位は動かそうと思っても動かされぬものになってしまっていた。居士は初めは自分の大を為すために社会に自分の門下生を推挙する必要があった。今は居士の大を為すために、公平に厳密に門下生を品隲《ひんしつ》する必要があった。
こういう事をいうとそれは居士の人格を傷《きずつ》ける議論だという人があるかも知れぬ。私はその議論にくみしない。居士はその位の用意は常に忘れなかった人である。居士はそういう事は超越してもっと高いところに偉大なところがあった。
一方からいうと居士の門下生に対する執着――愛――がこの時に至るまで熾烈《しれつ》であって黙ってそのぐうたらを観過することを許さなかったのであった。彼らの前途のためにもしくは彼らを見習う多くの青年のためにぜひ一痛棒を加えておく必要を感
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