俳句の上に於てのみ多少野心を漏らしたり。されどもそれさえも未だ十分ならず。縦《よ》し俳句に於て思うままに望を遂げたりともそは余の大望の殆ど無窮大なるに比して僅かに零《ゼロ》を値するのみ。
 余の如く大望を抱きて空しく土と化せしもの古来幾人かある。余は殆どこれを知らず。されば余今ここに死したりとも誰か余に大望ありしとばかりも知り得んや。さりとて未だ遂げざる大望の計画を人に向って話さば人は呆然《ぼうぜん》としてその大なるに驚くにあらざれば輾然《てんぜん》としてその狂に近きを笑わん。鴻鵠《こうこく》の志は燕雀《えんじゃく》の知る所にあらず。大鵬《たいほう》南を図って徒らに鷦鷯《しょうりょう》に笑われんのみ。余は遂に未遂の大望を他に漏らす能わざるなり。古人またかくの如く思いあきらめしかばその大望は後世終にこれを知るなきに至りしのみという瞬間の考のみ僅《わず》かに今記憶せり。
 再び読みさしたる歴史談を取って読む。誠に面白く珍らしく能くその意をも解し得たり。されども僕の脳髄は前半を読みたる時の脳髄と自ら異れり。時には半枚ほど前へ立ち戻りて繰り返したることも二、三度はありたり。一、二篇を無理に読み
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